247 : :05/03/18 23:47:46 ID:UoXrzgZ2

お父様がいない、というのは私にとってはごく当たり前のことだったから、気にもならなかった。

クリスティーヌのお父様だって亡くなられたし、苦しい思いをしているのは私だけじゃないから。

ここに寄宿している女の子達は何かしら事情がある。

お父様がいないこと位、何でもない筈。そう思い込んでいたの。

あの日までは。


お母様、いいえ、マダム・ジリーは今までに沢山の恋をしてきたわ。

マダムの部屋には、過去の恋人達からの手紙や写真が沢山飾られているの。

もしかしたら、この写真の中の、手紙の中の誰かが私のお父様なんじゃないかって、期待して探したけれど、

結局何も分からなかった。

写真の中の男の人達は、その白黒の世界の中で、瞳に愛情の光を湛えて微笑んでいたし、

手紙の中の男の人達は、その文面に一色のインクだけで彩りある世界を書いていた。

こんなにも愛される人が自分の母親ということに、私は誇りを持っていたの。


夜、一人でオペラ座の舞台に立つと、奇妙な懐かしさを感じるの。

そう、まるで誰かが見守っていてくれるような。

クリスティーヌに言わせたら、音楽の天使なのかしら。

でも私はそうは思わない。もっと薄暗くて、悲しい存在。



「お父様?」


聞いてみても、声は虚しく響くだけ。


「馬鹿らしいわ」


今更、自分の父親が分かったとして何になるの?

マダムは何も話してくれない。

私の顔を優しく撫でて、私の目の向こう側にいる『誰か』を覗き込んでいるの。

そこには、マダムの部屋にあった男の人達の存在は無かったわ。


クリスティーヌが地下に攫われた後、私は地下に入ったわ。

水に囲まれたあの世界。

不気味さと同時に、オペラ座にたった時に感じた奇妙な懐かしさが込み上げてきた。

そっと置かれた白い仮面に、水滴がついていて、私はそれをじっと見つめた。

仮面の、穿たれたような黒い瞳を覗いても、そこには何も映ってはいないのに。

なんで私は言ったのかしら。


「お父様」と。

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