61 :マスターも走る、12月 :2005/11/28(月) 16:06:15 ID:6Q8i/Pvz

 忘年会の会場は白木屋であった。

 「未成年も参加するのだからしょうがないか」

 エリックはひとりごちた。

 掲示板に名簿が貼られていて、参加不参加に○を付けるようになっている。

 クリスティーヌは参加に○を付けている。

 まあたまには許してやるか。と、名簿にざっと目を通した。

 すると一番下の欄にシャニィ子爵の名があった。自分で書き足したであろう文字だ。

 しかも参加のところにぐるぐると花まるをしてある。 

 「図々しい男だ」

 エリックはペンを取り出すとその欄に二重線を引き、その下に「エリック、参加○」と記入した。


 会費3千円は前払いである。

 几帳面なエリックは5千円でもなく1万円でもなく、きっちりと千円札を3枚会計係に払った。

 クリスティーヌの隣に陣取る為、彼は素早く目を走らせる。

  ・・・子爵はまだのようだな。ふふふ・・・

  さすがクリスティーヌ。私の教え子。私が時間にうるさいからそれが染みこんでいるのだろう。もう来ている。

  しかも両隣はあいているではないか!!

  私はなんと幸運な男であろうか!!

 エリックが靴を脱いで(もちろん脱いだ靴はきれいに並べることは忘れない)座敷に上がろうとすると、会計係に呼び止められた。



 「金は払った筈だが?」

 「違いますよ。エリックさん、席はくじ引きで決めるんです。このくじを引いて下さい」

 「・・・え・・・?」

 彼が引き当てた席は、彼と同じく時間に厳しいマダム・ジリーの隣であった。

 彼の焦がれるクリスティーヌは遙か向こうで、若い踊り子仲間達と楽しそうにしている。

 ちらりとマダム・ジリーを見やってエリックは呟いた。

 「私は世界一不幸な男だ・・・」

 それを聞いたマダム・ジリーは意地悪そうににやりと微笑んだ。

 「陰気な男は嫌われるわよ?」

 その言葉はナイフのように彼の胸に深くつきささり、彼はここが白木屋だという事も忘れ、アルコールの力を借りて

 違う自分に挑戦したのだった。

 
 その日のことをクリスティーヌは忘れないだろう。

 誇り高きマスターが額にタイを巻き、はだけたシャツ姿でどこで覚えたのか下ネタ全開な宴会芸を披露したその事を。

 寒いネタではあったが、それはエリックという男を印象づけるのに十分だった。

 ネタに引きながらも、女性の大半が彼の体にうっとりとしているのにクリスティーヌは気付いていた。

 特に、恋に百戦錬磨だというマダム・ジリーの視線はあからさまなものであったので、

 「私のマスターなのに!」とクリスティーヌは憤慨していた。

 「私がこの場の女どもからマスターの身を守ってあげなければ!!」

 クリスティーヌは決心すると、べろべろに酔っぱらっているマスターと共に店を後にし、ホテルに入ったのだった。




 「・・・こんなことしちゃったんだもの、それなりの責任ってものを取ってもらわなくっちゃ・・・うふふ」

 クリスティーヌはマスターとの行為に満足し、うっとりと目を閉じるとそのまま眠りに落ちた。

 さて、目覚めたエリックはパニック状態だった。

 裸だし。クリスティーヌが横にいるし。そのクリスティーヌも裸だし。どうもホテルの一室だし。

 エリックが動いたので掛けてあった寝具がずれてクリスティーヌが目覚めた。

 「・・・あ・・・。おはようございます・・・マスター・・・」

 ぽっ。と顔を赤らめる我が教え子を見て、昨夜の記憶と感触が生々しく蘇ってきた。

 そして、あれだけ酔っぱらっていたのによく出来たものだ。と思った。

 「おはよう、クリスティーヌ。・・・その・・・昨夜はすまなかった」

 「謝るなんて、マスター・・・。でもそう思うのでしたら、私のお願いを聞いて下さる?」

 「出来ることなら、何でも」

 クリスティーヌが裸体をそっと押しつけてきたので、エリックは呻くように返事をすることになった。

 「本当、マスター?ああ、うれしいわ。

 あのね、忘年会にはもう出ないで頂きたいの。だって、すごく格好悪いんですもの。いつものマスターがいいわ。

 それから・・・マスターは紳士でしょう?こんなことの後じゃ私はまともな娘とはいえないわ・・・。

 私の言いたいことはわかるでしょう?」

 「・・・あ、ああ。日を改めて、きちんとした服装で、花束をもってクリスティーヌのもとを訪ねよう。それに忘年会にはもう出ない」

  冷静に。冷静に。それにしても今日は朝から嬉しい事ばかりだな・・・ふふ。

 「ああ、マスター。ええ、マスター。約束よ?

 でもね、その前に私・・・主役を演りたいのよ。それまで待っててくださるかしら」

 「もちろん、待とう。そう遠くないだろうが・・・」

  いかん、いかん、顔がにやけてしまう。主役なんて、私がどうにかできるしな。

 「なんて素敵なんでしょう!マスター、コーヒーを淹れてくださる?なんて良い朝なのかしら!」

 「・・・え・・・?あ、ああ・・・」

 コーヒーを用意しながら、欲しいものを手に入れた筈なのに、なんだか腑に落ちない思いのエリックであった。


 後日、偶然マダム・ジリーに出会ったエリックは再びナイフのような言葉をかけられた。

 「陰気な男は嫌われるっていったけど、バカな男は論外よ?」

 「・・・なっ・・・!まあ、しかし、私は忘年会にはもう出ないから関係ないことだ。未来の妻と約束したからな」

 エリックは長い独身生活ともおさらばだ!とばかりににっこりと微笑んでみせた。 

 「あら、そのことじゃないわ。結婚する前に主役を頂戴とかなんとか言われて、小娘に騙されてるかと思ったものだから」

 「・・・え、あ、何故マダムがそのことを!?」

 「あらやだ!正解?・・・私も昔その手を使ったのよねえ。プリマになりたくって。

  もちろん、結婚まではしなかったわよ。人生の墓場っていうでしょう?・・・うふふふ」

 エリックはがっくりとその場に膝を付いた。彼は大きななりをしてさめざめと涙を流している。

 「やあねえ、このくらいのことで。私がいるじゃないの。はいはい、よしよし・・・じゃあ一緒にお部屋に行きましょうね」

 マダム・ジリーはエリックを抱き寄せて、子供をあやすように背中をぽむぽむと軽く叩いてやった。

  ・・・先日はクリスティーヌに抜けがけされたけど、大人の女の力量をみせてやるわ・・・っ!

 そんなことを彼女が考えてるとは露知らず、エリックは泣きやむと、鼻をまだぐすぐすならしていたけれど、

 黙ってマダム・ジリーに連れられていった。

 
 女に翻弄されて忙しいエリックの12月であった。

 そしてこれは本編「仮面舞踏会」へとつづくのである。




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