27 :クリスティーヌ×ファントム(習作監禁バージョン) :05/02/18 04:57:04 ID:fr5l0OmU


この水の牢獄にやってきてから、何度目の目覚めを迎えたのだろうか。

クリスティーヌは無気力な涙をこぼしながら、泥のように重い身体をどうにか起こした。

この頃は、浅い眠りに陥るたびに悪夢をみている。

今日もまた、恐ろしい漆黒の闇に喰らい尽くされる夢だった。

しかし、ようやく逃れられたこの場所は、果たして悪夢と相違があるだろうか。

豪奢な真紅のビロードでできた寝台は、黒いレースの帳で覆われている。

クリスティーヌは、その帳をそっとたぐりよせ、しんと静まり返った牢獄を見渡した。

微かにペンの流れる音が響いている。

その音の主は、漆黒の色を全身にまとい、唯一白い奇妙な仮面をつけた監禁者。

美しくも醜い怪人が、スコアを綴っていた。

−あぁ、これはやはり悪夢の続きだ・・・。

そしてそれは、同時に甘美で背徳的な悪夢。


「目覚めたか?」

テノールの美声が、クリスティーヌの身体の芯を走って、真上から振ってくる。

「・・・はい、マスター。一体今は昼なのでしょうか、夜なのでしょうか・・・」

「ここには昼も夜もない。ただ私とおまえとがいる、静謐の牢獄だ。」

「わたしは、もう二度とここから出られはしないのでしょうか?」

その問いには答えず、漆黒の怪人は白くたおやかなクリスティーヌを抱き上げ、

食事用のテーブルへと運んだ。

−この方はいつ眠っているのだろう。

その隙を見つけて逃げ出そうとしていた時期も確かにあった。

しかし怪人は常に何かの作業に没頭している他は、たまにどこかに出かけるときは

クリスティーヌの細い手首の片方に手錠をほどこしてしまう。

寝台には、東洋独特の甘すぎる香が焚きしめられ、なぜかその香りは彼女の意識をしばしば朦朧とさせた。

また、精神的疲労によって、クリスティーヌの線の細い身体はだいぶ弱っており、

ここ数日は脱走をする気力さえどこかにいってしまったようにも思われる。


「少しは口にしなさい。このあとのレッスンに声が枯れてしまう。」

食卓にはパンやチーズに果物、そしてワインというささやかな食事が用意されていた。

「食べたく、ありません。」

クリスティーヌは顔をそむける。

「マスターのことは、尊敬すべき父とも、音楽という美を求める偉大なる先生とも思って

慕っておりました。なのに何故、こんな仕打ちをなさるのでしょうか?」

怪人の白い仮面の奥の無表情な瞳は、何も応えず娘の泣き崩れる姿を冷ややかに見つめていた。

「そうだ。独りぼっちのおまえを幼い日から父のように慈しみ、音楽という翼を与えたのはまぎれもなくこの私だ。

そして私の音楽を具現することのできるただ一人の娘。それがおまえなのだよ、クリスティーヌ。私たちは、決して離れられぬ。」

その理屈は、クリスティーヌには痛いほど理解できていた。

この恐ろしい漆黒は、また唯一無二の魂の理解者。そして、その低音の声には魔力でも宿っているかのように彼女を惹きつけてやまない。

「でも私があまりに戻らなければ、皆が心配します。」

そして、あの青年は誰よりも彼女の帰りを待ち望み、寝食もままならないほど気を張っているのでは

ないだろうか。

この静寂の闇に包まれた牢獄にいるからこそ、その青年の晴天の空のように澄んだ瞳が、胸を締め付けるようにあつく心をよぎった。

−ラウル・・・。

その心の叫びは、果たして無意識に口にのぼってしまったのだろうか。

「そんなに、あの貴族のことが思いやられるか?」

はっと気づくと、怪人が珍しく感情を隠しもせずに、怒りと悲しみの激情が入り混じった

低い唸りをあげてクリスティーヌの顎を上向かせていた。


その仮面の下の瞳が恐ろしく、彼女は思わずその手を払いのけて後ずさる。

瞬間、誤って赤ワインのボトルに手が当たり、倒れたその先のテーブルを伝って、

血色の液体は怪人の服や手にまで派手にこぼれてしまった。

彼はその液体の滴る節ばった手を顔の正面で見つめ、クリスティーヌの目前へと差し出した。

「せっかくのワインが無駄になってしまうな。きちんと始末しなさい。」

−また、この声・・・。

逆らうことなど、到底できはしないのだ。

クリスティーヌの身体の芯は、すでに彼の支配下にあった。

彼女は悠然と座る怪人の前に跪き、丁寧にその大きな手をとると、静かに唇を当てた。

長い指が喉元まで達し、思わずああっ、と切なげに嗚咽を漏らしても、

怪人は同じように氷のようなあの瞳で彼女の醜態を見下ろしているのだろうことは、確認しなくても容易に想像できた。


「いい子だ。」

そう言いながら、彼はわざとワインボトルを持ち上げて、とろとろと中の液体を自らの首筋から上半身にかけて浴びせていった。

クリスティーヌは手のワインを一通り嘗め尽くしたところで、今度はそちらの作業にかからねばならなくなった。

お互いの吐息を感じられるほどまで近く、まだ成熟しきっていない娘が献身的に首筋に、鎖骨に舌をあてがい酒を舐め取ってゆく。

娘の頬は、酒のせいか上気して赤く染まり、目をとろんとさせている。

「・・・、これ位でいいだろう。さぁ、レッスンを開始する前に、身なりを整えなくてはな。」

朦朧とする恍惚の中で、クリスティーヌは思った。


逃げられないのではない、逃げなかったのだ、と。



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