423 :ウェディング・ベール  :2005/05/06(金) 12:04:19 ID:x4B+sl1i

 「ドレスが出来上がってきたよ、クリスティーヌ」

 仮面の男は軽い足取りで、その名の女性が待つ部屋の前までくると扉をノックし、そう告げた。

 「君の花嫁衣装だ!」扉を開け、姿見の前の椅子にゆったりと腰掛けている彼女に駆け寄る。

 男は手に持った一抱えもある箱を開けると、中からドレスを取りだして広げた、彼がクリスティーヌと呼ぶ相手の体に当てて見せた。

 ふわふわと豊かな柔らかな髪をおろしたままのクリスティーヌは、まだ少女のあどけなさををその顔に残し、微笑んでいる。

 姿見を覗いて男は満足げだ。

 「白は君に相応しい。今日は私たち二人にとって素晴らしい日々の第一日目となるのだ」

 鏡の彼女に微笑みかえす。

 「…少し青い顔だ。緊張しているね?実を言うと私もそうなんだ。何といっても、私たちの結婚式なのだから。

 …まさか自分が当事者になる日が来ようとは、夢にも思わなかったよ」

 なるほど、仮面の男は漆黒の燕尾服できっちりと身を整えてあった。

 花嫁となる女性は微笑むばかりで一言も発しなかったが、彼は気に留める風もなく話し続ける。その音楽のような声で。

 「…ここはメイドのひとりもいないし、自分ひとりで着替えるのは大変だろう?無骨な男の手でよければ貸してあげられるが」

 男は白い手袋に包まれている手をひらひらさせて見せた。

 「恥ずかしがることはない。私は君の夫になるんだよ?うん、そう、素直だね…クリスティーヌ」

 彼が後ろへ回って、きゅっと締められた帯を解き、するりとガウンを脱がせると、細い肩があらわになった。

 「素晴らしいな」そう言うと、彼はほっそりとした首筋に唇を押しつけた。

 すると、仮面が花嫁の肌に触れて、かちん。と、小さな音をたてた。

 「ああ、すまない。こんなことをして怒っているんだね。それとも、この仮面が君を傷つけると思ったかい?」

 男は素顔を覆っている仮面にそっと触れる仕草をした。

 「大丈夫。決して君を傷つけたりはしないよ。…私は人一倍恥ずかしがりやでね。これが必要なんだ。

 解ってくれるだろう?奥さん」

 これから妻となる女性に彼は笑顔を作ってみせた。


 鏡の中に頷き、「わかってくれて嬉しいよ。愛しているよ、クリスティーヌ」そう言って、

 今度は仮面が触れないように、青ざめた花嫁の頬にそっとキスを落とした。

 そして、彼は慣れた手つきでドレスを着せ始めた。シンプルだが、細部にまでこだわって作られたドレスは派手さこそないものの、贅沢な代物だった。

 背中の真珠のボタンを丁寧にかけてゆく彼の指は無骨とは言い難い。その繊細な動きは官能的でもあった。

 それを終え、今度は箱からサテン地の長手袋を取り出して、男は花嫁の前に膝をついた。

 母親が幼子にしてやるように、手袋の中へ、親指、人差し指、中指…ひとつひとつ指を収めてやった。

 彼はその作業を楽しんでるらしく、ときどき愛しい花嫁を見上げてはにこにこと笑みをこぼした。

 「そうそう、その調子。あ…小指がどこかへいってしまったね。お隣かな?ああ、あった。じゃあもう一度。うん、上手」

 時間をかけてゆっくりとやっていたがそれも終わってしまった。ちょっと残念ではあったが、彼は膝をついたまま、ドレスの裾をぴっと引っ張り、シルエットを整えた。

 立ち上がって、2,3歩後ろへ下がると姿見の中の花嫁をじっと見つめた。

 「きれいだ」彼は深い息を吐いた。様々な思いが蘇り胸が詰まる。

 「君のお父さんもきっと喜んでいてくれていると思うよ」

 「…でも、顔色が良くないね。もちろん、そのままでも十分だが…」

 彼は化粧台から口紅をとると、細い紅筆を持ち、器用に唇の輪郭をなぞって色をさした。

 それから頬紅もほんのりのせた。

 「…ほら、花が咲いたようだ。髪も結ってあげよう。おや、そんな顔をするもんじゃないよ」

 子供をたしなめるように、「めっ」として見せる。

 「私は何でも出来るんだから。見ていてごらん」

 男はそう言って、花嫁の後ろへ立つと、柔らかな茶色の髪を手にとって梳きはじめた。


 男の手は楽器を奏でるそれに似て、髪に櫛をいれる度に音楽が聞こえるのではないかと思われた。

 ときおり、指に絡ませて髪に口づけし、その感触に香りに彼の胸はざわざわと波立つ。

 「…ああ…」男は低く呻いた。

 姿見には聖母のような微笑みをたたえている女性に、黒装束の仮面の男が寄り添って映っている。死神のように。

 ブラシがことりと床に落ちた。

 男は音楽のような優雅さで、白い手袋ごしではあったが、花嫁の頬に触れ、顔の輪郭をなぞり、首を撫でた。

 自然、息が早くなる。耳元に唇を寄せ、耳たぶをそっと噛む。反応は何も無いが、彼はその痛みをいたわるように、唾液を絡めた舌で優しく舐めてやった。

 かわいらしい耳を味わってしまうと、背中に垂れた髪をかきあげてやり、あらわになったうなじに唇を這わせた。

 「なんてきれいなんだ…なんて素敵なんだ。私の花嫁は…」

 下腹部が熱を帯び始めたことを彼は隠しもせず、抱きしめて己自身を押しつけた。

 「わかるだろう?」低い低い声だ。

 彼は真っ白な花嫁衣装の上から腰を撫で、コルセットせ締め付けられている細いウエストをなぞり、ゆっくりと胸の頂へと手をのばした。

 愛撫することで彼は興奮を増し、さっきよりも硬く熱くなったものを再び押しつけた。

 「…ふ…っ…」切なげなうめきが漏れる。

 彼は花嫁の正面へまわった。

 「…私のかわいい生徒。こうしていてくれるかい?」

 欲望でくぐもった声だ。彼は妻となる女性の両手をとり、手のひらを見せるようにして指先を軽く組ませると、膝の上に戻した。

 部屋の灯りに、サテン地の手袋が鈍く輝いている。

 「そう。こわがらないで」

 彼はドレスのスカートが広がる椅子の上に片膝をつき、体を支えるように背もたれに手をかけた。

 そして、もう一方の手で花嫁の手を押さえつけて固定した。

 「…良い子だ」

 彼は花嫁の手のひらに、欲望で膨れあがった彼自身をあずけた。

 姿見に映るのは悪魔に陵辱されている天使だ。

 ゆっくりと腰を動かしていた彼だったが、だんだんとそれも早くなる。

 「…いい。…とてもいい…」

 サテンのすべらかさと冷たさに彼は刺激され、今にも爆発しそうだった。

 

 「クリスティーヌ、クリスティーヌ…!!…うっ…っ」

 堪えきれず、彼は全てを放った。ドレスにどろりと生暖かな液体がしみをつくった。

 彼のものはまだおさまりきっていなかったが、余韻を楽しむことはせず、花嫁からすぐに身をひいた。

 自分自身の体液で汚してしまった鹿革のぴったりとした手袋を剥ぎ取り床に脱ぎ捨てると、乱れた服装をきっちりと整え直した。

 そして、花嫁を冷ややかに見下ろしたかと思うと、その両肩を掴んで床にたたきつけた。

 ガタン、ガタンと大きな音を立てて、それは男の足下に転がった。

 手足があり得ない方向へねじれ、片腕はもげて、首がごろりと胴体から外れた。

 出血しないのが不思議なくらい、それは精巧に作られた人形だった。

 「なぜ何も言わない!なぜ微笑む!なぜ冷たい!!」

 声を荒げて彼は叫んだ。叫んだとて、ここは日の光さえ届かない地下の世界。誰も聞くものなどない。

 ねじけて床に横たわる人形以外は。


 彼はしばらく足下の白い塊に視線を落としたままだったが、やがて膝を折ると花嫁の首をその手にとった。両手で包むように。

 地上に降りた天使のような娘に焦がれた彼は、せめてもの慰めに人形を作り上げたのだった。

 醜い素顔を仮面で隠して地下で生きる男にとって、その娘はまさに天上のものであったので。触れることなど叶わなかったので。

 髪をそっと払ってやると、人形の顔があらわになった。先ほどの衝撃にも傷つかず、相変わらず美しい微笑を浮かべたままだ。

 「…私はひどい癇癪持ちだ。可愛いクリスティーヌ、美しいクリスティーヌ。私には君しかないというのに」

 自分自身に言い聞かせるように男はそう言った。

 彼はピグマリオンではない。その口にくちづけしようと、人形は魂を得ることはない。

 そして、彼はさっきまで人形を座らせていた椅子の上に、愛するものに似せて作ったその頭部をそっと載せた。

 それから、花嫁衣装を入れていた箱から、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと白いウエディング・ベールを取り出した。

 「…君のだ」
 ふわりと広げて微笑む花嫁の顔を覆った。

 床の白い塊を拾い上げ、転がる腕を拾い、彼は姿見の中の花嫁に振り返る。

 「なおるまで待っておいで。さっきも言っただろう?私は何でもできるんだって。ドレスも汚れてしまったからね、作り直してあげよう。

 そう、多少時間は要るが…私たちの時間は永遠にある。だろ?」

 彼は返事を待つように、扉の前で立ち止まっている。誰も応えるものなどいないとわかってはいたが。

 「…クリスティーヌ」

 奇妙に歪んだ笑顔を残して男はその部屋を出た。

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