それから、何度彼女を犯したか、わからない。

彼女を己の腹の上に乗せ、楽屋でしたように臀を掴んで無理矢理に動かして逝かせたし、

そのままうつ伏せになっている彼女をふたたび後ろから犯し、ぐったりと身体を横たえた

彼女の脚を開かせ、横からも犯した。

肉のぶつかり合う音と、私の動きや言葉に反応する彼女の泣き声だけが、いまや私と彼女とを

繋ぐ唯一の糸だった。

そして、その彼女の涙が涸れ、泣き声すら上げなくなった時、私たちに終わりが訪れた。


私が身を離なすとすぐにクリスティーヌは身を捩ってベッドにうつぶせになり、

激しく嗚咽しはじめた。

この頃にはもうすっかり怒りも収まり、クリスティーヌを手ひどく扱ったことを

悔やみはじめていた。

この顔ばかりではない、今夜のこの行為そのものが化け物じみていたことで、

クリスティーヌはもう決して私を許さないだろうと思ったし、私のささやかな望みであった

クリスティーヌの思い出の中で懐かしい存在として生きるというのも、もう叶わないのだ。

私は彼女の師でもなく愛人でもない、ただの強姦者に過ぎなかった。


汚された痕を自分で清めるのはあまりに可哀想だと思い、前の晩に使ったフランネルで

彼女の背中や臀、腿に残る汗と体液の痕をぬぐってやった。

その間、クリスティーヌは身じろぎひとつせずにただ泣いており、本当はこうして私に

触れられるのさえ嫌なのだろうと思えてならなかった。


泣きやむ様子のないクリスティーヌをひとり残して部屋を出、自分の部屋で身を清めて

着替えると、食堂に行った。

夕べふたりで寝しなに飲んだワインのグラスがテーブルの上に出し放しになっており、

それはそのまま、ふたりで過ごした最後の楽しい時の形見なのだった。

私の膝の上で甘えて口づけをねだるクリスティーヌに口移しでワインを飲ませてやると

恥ずかしそうに頬を染めていた……、その愛らしい姿が目に浮かんだ。

あれから、まだ数時間しか経っていないとは……。

はるか前世でのできごとのように思える。


背後に気配がして、振り向くとクリスティーヌが立っていた。

じっと黙ったまま、私の姿を見たくないと言わんばかりに顔を背けている。

手には楽譜の束があり、つまり、地上に帰るから湖を渡せということなのだろう。

私も黙って立ち上がると、そのまま繋いであった小舟に向かって歩き出す。

彼女が舟に乗ろうとするとき、躊躇いはあったが、手を差し出してみた。

しかし、クリスティーヌは私の差し出した手に目もくれず、よろけながら舟に乗り込んだ。


黙って櫂を操る。

時折、櫂を漕ぐ水音がするだけで、言葉もなく舟に揺られていく。

舟で湖を渡るのはブローニュの森から帰ってきたとき以来だったが、あのときには

こんな風に彼女を送っていくとは思いもしなかった。

近く、彼女は最後だということを知らず、私だけが最後の道行きを惜しみつつ渡ることに

なるだろうと考えはしていたが、悲しくはあっても、これほどに惨めなものになるとは

想像していなかった。

あのときもクリスティーヌは黙ったままで、ふたりの間に言葉はなかったけれど、

馬車での行為の余韻に、言葉などなくても充分に満ち足りた気配がふたりの間に

漂っていたのを思い出す。


私と楽屋まで行くのは嫌だろうと思い、スクリブ街へ出る方に舟を着けた。

鉄格子のはまる扉の鍵は内側から開けることができるし、彼女には以前に

外から開けるための鍵も渡してあった。

クリスティーヌは乗ったときと同様、よろめきながらひとりで舟から降り、

そして、一度も後ろを振り返ることなく階段を駆け上がっていった。


ひとり取り残された私は、しばらく舟に立ったまま彼女の去った後を眺めていたが、

半時間ほどしてから、彼女の上がっていった階段を上がってみた。

スクリブ街への扉から何段か下ったところに光るものがあり、拾い上げてみると、

それは鉄格子の扉の鍵だった。

そう、クリスティーヌは鍵を中に放り捨てて行ったのだ。

それは、クリスティーヌから私への絶縁状、彼女のできる私への最大の拒絶だった。


鍵を握り締めたまま、私は一体どのくらいの間そこに居たのだろうか。

ふと気づくと身体が芯から冷えており、私は自分の惨めな棲家にひとりで戻った。

彼女の部屋へ行ってみる。

私が引き裂いた彼女の寝着と下着が床に落ちていた。

クロゼットを開けると、彼女の持ち物がそのままあり、彼女のいない間に楽屋に返してやる

べきか考えていると、ふと彼女の一番の気に入りのドレスが目についた。


それは、薔薇色のシルクタフタにレースの衿飾りがついたプリンセスドレスだった。

最近、巷では、ボディスとスカートに分かれたツーピースではなく、ワンピースタイプの

プリンセスドレスが流行しており、イギリスから持ち込まれたこの流行を私は好かなかったが、
クリスティーヌが素敵だと言うので、私が彼女にもと思って誂えたものだった。

彼女はもったいないと言ってそう何回も袖は通していないが、幾度かこのドレスを着て

「ハンニバル」の第三幕のアリアの練習をしたことがあった。


どうして、もっと早くに彼女を返さなかったのか……。

どうして、あの時、彼女と一緒に休もうなどと考えたのか……。

どうして、もっと前に彼女に真実を打ち明ける勇気を持てなかったのか……。

どうして、あんなにひどいことをしてしまったのか……。

どうして、あの素顔を見られた時、私はおまえの父の魂でもなく、音楽の天使でもない、

ただひたすらにおまえを愛しているだけの男だと、半面は醜くともおまえへの愛は穢れなき

真実なのだと、彼女に告げなかったのか……。

そして、どうして、私を愛して欲しいと跪いて愛を請わなかったのか……。


いくつもの「どうして」が次から次へと湧いてきて、私は彼女の抜け殻のようなドレスを

抱きしめたまま、いつまでもいつまでも苦い後悔の涙を流し続けていた。





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