429 :ラウルの独り言 :2005/08/07(日) 01:17:15 ID:8AX6p+wf

クリスティーヌを連れ去った「オペラ座の怪人」という男を、私は一度だけ

目にしたことがある。

いや、クリスティーヌは今でもオペラ座の舞台に立っているので、

連れ去ったというのは正しくないかもしれない。

しかし、私から彼女を連れ去ったという意味においてこの言葉は正しいと思う。


あれは、「ハンニバル」の追加公演の最終日の夜で、

彼女の成功を祝って食事に誘おうと思い、彼女の楽屋前で待っていたときのことだった。

支配人をはじめとするオペラ座の人々が、彼女に祝いの言葉を言おうと後についてきたのを、

ひとりにしておいて欲しいと言って楽屋の前で追い返した彼女の様子が気になって、

はしたない真似だとわかってはいたが鍵穴から部屋の中を覗いたのだ。


鏡の前に蹲っていたかと思えば、椅子を引っ張ってきてその上に乗ってみたり、

その夜のクリスティーヌは気が違ったのかと思うほど様子が変だった。

マダム・ジリーを呼んできた方がよいのではないかと思い、しばらくオペラ座のなかを

探してみたが見つからず、ふたたび楽屋前へと戻って鍵穴から覗くと、

クリスティーヌが、黒いマントを羽織り、白い仮面をつけた男と抱き合っていた。

いや、その時は抱き合っているとは思わず、クリスティーヌが暴漢に襲われているのかと

思ったのだ。


すぐさま扉を叩き壊し、彼女を救い出さなくてはと思った瞬間、ふたりが口づけを交わすのが

目に入った。

そこからは、覗いていてはいけないと頭ではわかっているのに、どうしても鍵穴から

離れることができなかった。


長い口づけのあと、男が低く甘い声で「愛している」と囁くのが聞こえ、

そして彼女が「私もマスターを愛しています」と応える声が聞こえた。

頭を金鎚で殴られたような衝撃が私を襲い、

それからどうやって屋敷に帰ったのか、まったく記憶にない。


恐ろしく背の高い男で、マントに半ば隠されていても、

その四肢が逞しいものであることがはっきりと見て取れたのを覚えている。


今、あの逞しい腕が、夜ごと彼女を抱いているのか・・・。

あの低く甘い声が、夜な夜な彼女に愛を囁いているのか・・・。


我ながら情けないと思ってはいても、あの男と一緒にいるクリスティーヌを

想像してしまうのをとめられない。


闇に白く輝く裸体をあの男の前に晒し、あの腕に抱きとられるのを待つクリスティーヌ・・・。

潤んだ眸であの男を見つめ、あの声に囁かれる愛の言葉にその身を顫わせるクリスティーヌ・・・。


己の身を焦がすほどの妬心を、私はいまだに捨てられない。

そして、私は今夜もオペラ座に通うのだ。

あの男が、誰より愛しんでいる恋人のために書いたオペラを観に。




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