502 :少年ファントム×若マダム:2005/08/20(土) 03:24:36 ID:shL43tsh

うすうす感じてはいた。

いつまでも少女のままではいれないこと。

そして、少年に触れたいと願っていたこと。

それがまるで汚れた事のように思っていた。

実際には汚れるも何も、考えるより先に身体は反応する。

音楽が流れれば踊り出すように。

 
 地下へ足を運ばずにすごす日々を重ねるにつれ

オペラ・ゴーストと称される噂を耳にする事が多くなる。

大道具の為の木材が不自然に減り、

作業がとまった翌日には足らないまま当初の予定通りの背景が組まれていたり

弦がなくなった為に、新しい弦を張りなおし浮いた音色を奏でる楽器が

一晩明けただけで以前よりも艶を帯び、なじんだ音色を紡ぎだす。

楽譜のおたまじゃくしが楽曲の逆回しに並んだ時には、さすがに私も別の意味で驚いた。

大役をはるディーヴァの声が出なくなった事まで

オペラ・ゴーストのせいにされたことには腹が立ったが

腹がたつ自分が特別なのだと言い聞かせて言葉を飲んだ。 

そしてそれまでの己の力を見せ付けるような大げさなアピールではなく

私だけしか気づかないような変化、

そう、慣れ親しんだはずのトゥシューズに違和感を感じたとき、

オペラ・ゴーストと呼ばれる者が自分を待っているのだとようやく気づく。


 私はなるべく足音をたてて地下におりるようにしていた。

少年が、侵入者を拒むように罠を仕掛けているのは知っていたからだ。

「私」である事を彼は足音で気づく。

靴を替えても、忍び足をしても、たとえ彼自身が地下に不在でも。

そして気づかないふりをして、いつも背を向けてそこにいる。

顔を向けて歓迎することはない。どんなときでも。

私は、なおさら大きく靴をならす。彼のいる場所に近づくほどに。

 
 そして今日も少年は白いシャツに包まれた背中を向けていた。

何かに没頭しているのか、それとも気づかないふりをしているのかこの時点ではわからない。

私が胸に抱えたトゥシューズを静かに履き、つま先で立とうとすると

「君は怪我をしたいの?」

と、少年は振り向いた。

「私を怪我させたい人がいるみたいだから、望みを叶えようとしてあげただけよ」

なお立ち、一歩を踏み出そうと白い足を伸ばしたと同時に、細い腕も空を踊り、

足首をつかんではすばやくリボンをほどく。衣擦れの音が小さく響いた。

「この靴で踊ったの」

「ええ」

真っ白なタイツをはいているはずなのに、くるぶしからかかと、つまさきがほのかに赤みをさしている。

少年はトゥシューズを奪い、細かい細工の施された椅子を私のそばまでひきよせそのまま座らせた。



「他にも持っているだろうに 何故」

彼はそうつぶやいて足元に跪き、私の足の甲をなぜ、何かを探すようにまわりを見渡す。

あきらめたように鼻で深く息を吐き、少年の頭が右のつまさきにそう、と近づき、

生暖かい息を感じたと思うと、彼は足先に歯をたてタイツを噛みちぎる。

ちぎられた隙間を裂くように、タイツと肌の間に彼の指が這う。

甲からすね、そしてひざまですべり、

今度ははりついた生地をはがすようにひざのうらをまわり、ふくらはぎをつたう。

かかとまでおりると遠慮がちに少し手を離し、

人差し指と中指だけで足の裏からつまさきまでをなぜる。

「つっ・・・」

ついに身震いをした私に彼の手はとまり、顔をあげる。

「痛むだろう、こんなに赤くなって・・・」

身震いの原因が痛みではないことに彼は気づいていない。

痛み以外の熱を体中に持っている私に、彼の冷たい指は触れる。



 左足のつま先は、ほのかにどころか真っ赤に染まっていた。

爪が割れてささり、タイツ自体も爪で傷つけられ破れている。

再び彼は左のつまさきにも唇を近づけ、今度は爪のささった指先を舌先でくすぐる。

「なっ・・・」

「ダメだよ、ばい菌が入りやすいのだから我慢して」

そう言いながらも土踏まずのアーチを確かめるように、手の平で足を包むように触れる。

右足に手が這ったように、今度は彼の舌が左足を這いあがる錯覚を覚え、

私は自分が恐ろしくなり、立ち上がった。

そんな急な動きに対し彼は、反射的に私の足の間にすべりこみ左足を膝から抱え込んだ。

「怒らせるつもりでした事ではないんだ・・・」

彼は抱きかかえたままの私のひざに額をつけて許しを乞う。

私は怒ってはいない、シューズの調整を狂わせたことも、足を痛めた事も。

ましてや今、彼が私に触れている事も。

言わなければ伝わらない事だ。そして伝えてもきっと彼にはまだわからない。

・・・・・・

今度は私が手をのばす。黒い布に覆われた部分に。

頭をなで、耳をなで、首をなでると彼は顔をあげた。

傷でもなく、痛みもない赤く波打つ肌に触れ、

布に隠された部分に近づくと、まだ小さな身体がこわばるのがわかる。

それでも私は手をすすめ、指を布のすきまに這わせた。



ピシッ

 
熱を奪うかのように、やさしく私の足に触れたと同じその手は、私の手を強くはらった。

「もうあんな事はしないと約束するから・・・お願いだ、もうこんな事はしないでくれ」

そう言って立ち上がった彼は、ゆるんだ黒い布をまた強く巻きなおし、背を向ける。

私がここに降りてきたときと同じように、また何かに没頭しはじめた。

 
私は痛む足と熱を帯びた身体をもてあまし、冷たい岩肌に座り込んだままでいた。

黙々と作業をする背中を見つめて幾時間がすぎ、

身体の熱もようやく冷めた頃、彼は振り返った。

自らの手で確かめた、私の足の形にぴたりと合うトゥシューズを手にして。




back






















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送