「……!」

荒い息を吐き、体がビクッと跳ねる。

「大丈夫か、クリスティーヌ?」

私も激しい息を吐きながら、彼女の表情を伺い、気遣いながらゆっくり腰をすすめる。

たっぷり濡れたそこは私を優しく迎え入れてくれた。


「怖いか?ああ大丈夫か…?」

そう聞くと、 『だいじょうぶ、』 と、

唇を動かし頷き、目を閉じて快感に満ちた表情で私にされるままになっていたクリスティーヌだったが、

私のすべてが彼女の中に入り、激しく動き出した時、

突然大きく瞳を開き、ビクッと上半身を起こす。

私の顔を凝視し、肩に手をかけ震え出した。


「私だ、クリスティーヌ、私だ」

頬を両手で包んでやり、見つめ合う。

しばらく私の顔をじっと緊張した面持ちで見つめると、また瞳を閉じて私の首に腕を回す。


「私だよクリスティーヌ…」

力いっぱい抱き締め合い、クリスティーヌは何度も頷いた。

私の背中に回っているクリスティーヌの指が、何かなぞっている。

縦にすーっと一本引くと、またもう一度縦に引いてそのまま横になぞる…

「…クリスティーヌ…」

激しく尻を回すとベッドが軋み、クリスティーヌの細い体が跳ね上がる。

乾いた激しい息を吐きながら、クリスティーヌは私の背中に

爪を立て、しがみついて耐えている。




上下左右に揺れる彼女の肩を押さえつけ、さらに奥深くしっかり閉じている子宮口を、

押し開かんばかりに何度も激しく突き上げる。

肩を押さえつけられている為、身動きひとつ出来なく、

両脚を私の腰に絡め、頭を左右に振りぐっと爪に力がこもる─


顔を真っ赤に染めて、クリスティーヌは絶頂に達した。

吐息を何度も短く吐きながら、徐々に指の力が抜け、体の力も抜けていく。

彼女が私の背中を優しくまた指をなぞり、撫で始めた頃、

母に包まれたような暖かい彼女の中で蠢いていた私自身も限界を迎えていた。

「…クリスティーヌ!」

背中の彼女の指がくるっとカーブを描いた時、目の前が眩み、

体の底から湧き出る快感と幸せに、私はクリスティーヌの中で果てた。


声に出さなくても伝えられる。

私のただひとつの願いが叶った瞬間だった。




いつも起きる時間よりも、かなり遅くなってしまった。

クリスティーヌの、小鳥がするような可愛くついばむ口付けでやっと目が覚めた。

恥ずかしそうな、しかし、しばらく見られなかった可愛い笑顔で、

私の寝ぼけた顔を覗いている。


昨日までは私が先に起きて、クリスティーヌが目を覚ます頃に

朝食を持って上がってきていた。

一緒に食事をとった後は、彼女はまた昼食の時間まで休む…といった日常だった。

しかし今朝は、クリスティーヌも体を起こしベッドから降りようとする。


「クリスティーヌ寝ていろ、すぐ作って持ってくる。

 具合が悪いのだろう?」


しかし彼女は顔を横に振り、

  『キッチンで、食べたいの、』

とにっこりと笑い、身支度を始める。


その日からクリスティーヌは、ゆっくりだが、もとの元気な姿を取り戻し始めた。

徐々に昼間起きている時間が長くなり、本を読んだり、

屋敷内の用事なども少しずつこなせるようになっていった。


そして時々、

両親のものだった部屋のワードローブに私がしまい込んでおいた、

2つの金の指輪を眺めているようだった。

少しの間見ているだけで、またすぐにしまい込む、ということが最近何度かあるようになった。




スウェーデンの音楽界は繁栄を迎え活気づいていた。

数年前から国の教育機関が充実し、ストックホルム音楽院の開校など、

いつかマダムの部屋にあった雑誌で知った、本国出身の男性音楽家が牽引する

スウェーデン音楽はさらに開花の道を歩み始め、

新しい作曲家が次から次へと活躍を見せ、黄金時代を築き始めた。


時代は私たちに味方してくれた。

新しいアップライトピアノを用意し、私はさらに多忙な日々を送ることとなった。


私の作った曲に、作曲者の名前がいる。

この国では特に珍しくないようなので、私は何年も忘れていた自分の名前、

「エリック」という名前を名乗ることにした。



シャニュイ子爵の兄フィリップ伯爵が病で亡くなり、弟である

彼が伯爵家を継いだ、と、

クリスティーヌの親友であるメグ・ジリー…

まもなく貴族の御夫人となる彼女から時々届く手紙にそうあった。

そして伯爵は予定通り、侯爵家の令嬢を妻に迎えたということも、

控えめに書き加えられてあった。

シャニュイ伯爵家は安泰、今なおオペラ座のパトロンとして援助を続けているということだった。



良い天気のある日、私たちは屋敷の玄関の段差に並んで座って、野鳥に餌を与えていた。

つがいの鳥たちが私達の足元で仲良くさえずり、2羽でぶつからないように絡みながら飛んでいく。

ふとクリスティーヌが、にっこりと微笑み私の袖をひっぱる。

「なんだ、クリスティーヌ?」

「………」


「私もだよクリスティーヌ、

      愛している、心から…」


嬉しそうに笑うクリスティーヌを抱きしめ、今日何度目かの口付けを交わす。

私たちはさらに寄り添い、また新たに飛んでくる鳥たちのさえずりを聞いていた。


クリスティーヌは、愛しています、と唇を動かした。


知っていたよクリスティーヌ、

ずっと前から、きっとそうだと思っていたよクリスティーヌ…




クリスティーヌが18歳の誕生日を迎えてから数ヶ月経ったある日、

屋敷の裏の森に面したテラスのテーブルの上に、私は大事な万年筆と2枚の大判の用紙、

そして彼女宛ての郵便物2通を置く。

「クリスティーヌ、シャニュイ伯爵と支配人から手紙が来ているぞ」


しかし色とりどりの花がたくさん咲いた花壇の花を摘んでいた彼女は、

手紙を開けても良い、というジェスチャーをした。

そしてまた、母親の墓に供える為の花を丁寧に摘み続ける。


支配人からの手紙には興行収益の明細について淡々と書かれていただけだった。

入金金額を確認したところで、適当にテーブルの端に向かって封筒と便箋を投げると、

床に落ちた。


そして次のシャニュイ伯爵からの手紙、

私はしばらくの間、丁寧な字で書かれた宛名の「クリスティーヌへ」の文字を見つめた後、

そっと手紙を開けた。


伯爵からもまとまった額の金が定期的に入金されていた。

喉をつぶされず、歌姫としてあのままオペラ座で活躍していれば得られたであろう利益を、

はるかに上回る金額が送られていた。

何度か断りの手紙をしたためたが、それはまるで無視され続けている。




貴族としての確かな教育を受けた気品の感じられる、美しい文字で書かれた、

シャニュイ伯爵からクリスティーヌへの手紙にゆっくり目を走らせる。


季節の挨拶から始まり、身の回りで起きた小さな楽しい出来事や飼っているペットの事…

クリスティーヌが喜びそうな話題ばかりだった。

私の知らない、幼少の頃のクリスティーヌとの夏の海の思い出であろう話も書かれてあった。

「海でのあのことはずっと僕たちだけの秘密だよ、君も覚えているよね」

胸を痛めながらも読み続ける。

 
 オペラ座では今日もお父さんの曲が鳴り響いているよ、

君は誇りに思うべきだ、ともあった。


そして一番最後に、

「クリスティーヌ、これだけは信じて欲しい。今でも君の事を愛している─

 きっと僕は永遠に君を愛し続けるだろう」

と綴られてあった。




「クリスティーヌ、手紙を読むか?」

と声を掛けたが、今はいいわ、と手を振り、摘んだ花を束ねて綺麗なブーケに仕上げている。

ため息をつき、私は便箋をまた元通りに丁寧に折りたたみ、封筒にしまった。


手紙をテーブルの端にそっと置き、2枚の大判の用紙の片方を取る。

それは、何日か前から私が思いつく限りのスウェーデン人の女性の名前を、

片っ端から書き込んでいる用紙だ。


シャルロッタ、アンナ、マルガレーテ、ソフィア、トーべ、カロリーナ、エマヌエル、

 ロッタ、マリア、ヴィクトリア、イングリッド、エレン、ヨハンナ、


さらに書き足す。

 「グレタ、ビルギッタ、フレデリカ、ジュリア、ハンナ、アマンダ、モア、マチルダ、ミカエラ…」




ふと顔を上げると、目の前の花壇にいたはずのクリスティーヌの姿がない。

「クリスティーヌ!」

立ち上がって周りを見渡すと、森に入って行ったようで影が見える。

「危ない!そこから動くな!」

そう叫びながら走り出す。


「………」

クリスティーヌは新緑が眩しい森の中で、楽しそうに

まるで歌を歌っているかのように唇を動かし、木に手をつきながら優雅に舞い踊っていた。

駆けてようやく追いついた私はそんな彼女の両肩を掴み、それ以上歩かせるのを制止する。


「木の根にでもつまづいたりしたらどうする!勝手に1人で森に入るなと言っただろう?」

クリスティーヌはにっこり笑って、大丈夫よ、と唇を動かす。

「また発声練習をしていたのか、無理をするな。

 神父はよく事情を知っているのだ。

 どうしても言葉が出ないのだったら、唇を動かすだけでもよいと言っている」




クリスティーヌは明日、神父に言わなければならない 『Ja.』 (ヤ、スウェーデン語で“はい”の意)

の一言を練習していた。

レッスンしているところを聞かれるのは恥ずかしいから、と

私の目の届かない所で密かに発声練習をしていたようだ。


「小さい時からお前には、声は腹の底に力を入れて出すものだ、と指導してきた。

しかし今は絶対に力を入れるな」

「…、…、…、」

「そう、その程度でいい、小さな声でいいから…」

お互いの腰に手を回し、私はクリスティーヌの体をしっかりと支えてやり、

口付けをすると足元を気にしながら、一緒にゆっくりと森の奥へ歩んでいった。


テラスのテーブルの上に置きっぱなしになっている、今にも風に飛ばされそうな

もう1枚の用紙には、ただひとつの名前だけを、

 「グスタフU世」

と私は書いていた。




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