207 ::2005/10/10(月) 00:46:49 ID:iK44zhr4

 その時、わたしには来月の結婚が決まっていた。

親の言うままに会ったことも無い伯爵の元に後妻にいくらしい。

それが普通だとは判っている。

でも、わたしにはどうしてもそれが耐えられなかった。

 
 夜中にそっと家を抜け出し色街に行った。

いつもじゃ絶対に着ないような派手な服に派手な化粧。

ショールで顔を隠したわたしは誰がどう見ても娼婦に見えるだろう。

結婚したら絶対にできないようなこと…

いや、わたしはただお父様とお母様に逆らいたかっただけなのかもしれない。

 さすがに大通りで客を引く勇気はわたしに無かった。裏路地をそっとうろつく。

でも抱かれるのならやはり相手は選びたいが、こんなところでそうも言っていられな

いだろう。

わたしは路地に立ち止まり、男を待った。


 あまり長い時間そこにはいなかったように思う。

曲がり角の向こうから誰かの靴音が聞こえてくる。

男だろうか?もう誰だっていい。曲がり角を曲がったら声をかけようとわたしは決めた。

 ついに相手が角を曲がる。

それは思っていた通り、男だった。

背は高く、逞しい身体は服の上からでもはっきりと判る。

優雅な立ち姿で、着ている物は間違いなく上等品だった。

「お兄さん、わたしを買わない?」

 この客を逃したら、きっと後悔する。わたしは声をかけ、相手の顔を見た。

そのときの驚きが解るだろうか!

男は仮面をつけていた。

白い、不気味ともいえる仮面を顔の右側に!

だがわたしが顔を隠しているように、この男もきっと顔を見られては困るような身分

なのだろう。

「…いくらだ?」

 男がやっと口を開く。その声は甘く、わたしは声をかけたのが間違いではないと確

信した。

「…いくらだっていいわ」

 こんな男に抱かれるのならこっちが代金を支払っても惜しくは無いだろう。

「いいだろう…」

 男はそう言って笑うと、いきなりわたしの身体を壁に押し付けた。

「こんなところでするの?」

 わたしは驚いた。…でもそれも悪くは無い。

だが男の答えは違っていた。

「私の家だ。…だが場所を知られては困るのでな。目隠しをさせてもらう」

 男は最初からそのつもりだったのだろう。

用意していた布で目隠しをされてしまった。

「…わたしはどうすればいいの?」

「心配するな。案内はする」

 そう言うと男はわたしの手を取って歩き出した。

その大きな手がわたしの身体に触れることを思うと、わたしの期待は高まった。

何も見ることができないわたしを気遣ってか、男の歩調は酷くゆっくりなものに思える。


男の案内でもう何度角を曲がっただろうか。

自分がパリの何処にいるのかもわからなくなったころ、男はようやく立ち止まった。


何か扉が開く音がする。

「ここからは階段だ。気をつけろ」

 そう言った男の声が反響する。

階段は全て下りのようで、わたしはどうやら地下に連れて行かれているということだけは理解できた。


 随分長いこと階段を下りた後、わたしは水音を聞いた。

そのままわたしは男に抱き上げられ、何かに乗せられた。舟だろうか?

「立ってはならん」

 男はそれだけ言うと、また無言になった。

この揺れと水音。やはり舟だろう。

地下にこれだけの水が溜まっている場所…。

パリ市民であるならば誰もが知っているであろうあの場所なのだろうか?


 しばらくすると舟の先が何かに当たったらしく、舟が揺れた。

男はまたわたしを抱き上げ、そのまま歩き出した。

そしてわたしは、ベッドに投げ出された。

「…もう、外してもいいかしら」

「好きにするがいい」

 男の許可をもらい、わたしは目隠しを外した。

壁は岩肌で、雑多なものが散らかった部屋にぽつんとベッドだけが置いてある薄暗い場所。

「…好奇心は猫を殺すぞ」

 男はわたしの考えを見透かしたように言った。

どうせすることをして別れるのだからそれもそうだ。

自分のことを知られたくないのならそうするのが当然の礼儀だろう。

「さっさと服を脱げ」

 男がぶっきらぼうに言う。わたしはベッドから降りると背中のリボンに手をかけた。

男はベッドに座り、脱いでいくわたしを面白そうに見つめる。

わたしは期待に手を震わせ、ようやくドレスとクリノリンを取り去った。

「後は脱がせて下さるかしら」

 わたしがそう言うと男は鼻で笑い、わたしの後ろに立ってコルセットの紐を解き始めた。

コルセットが緩んでいくのとは反対に、わたしの期待はどんどん大きくふくらんでいく。


 全ての衣服が取り払われ、身につけているものがショールだけになったとき男は満

足そうに言った。

「娼婦にしては悪くない」

 当たり前だ。場末の娼婦なんかと一緒にしてもらっては困る。

一応人並みの恋愛というものはしてきたし、相手の男たちもわたしの身体に満足させてきた(と思う)。

まだ二十歳にもなっていないし顔にだって自信はある。

特に気に入っているのはエメラルドみたいな緑の瞳。

黒い髪は昔は嫌いだったけれど、社交界の男たちは東洋的だといってもてはやす。

わたしはもったいぶってショールを取った。

だが男の反応は冷淡だった。

わたしの顔になど全く興味がないとでも言いたげに、ただ「舐めろ」と言っただけだった。

 わたしはベッドの縁に座った男の前に跪き、ズボンのボタンを外した。

やっと取り出せた男のものはすでに硬く、わたしが今までに見たこともないような大さだった。

―――これに比べたら今までの恋人なんて…。

 これがわたしの中に収められたときの事を考えると、わたしの身体は熱くなった。


筋にそっと舌を這わせ、手で扱く。

口でしたことなんてあまりないが、今はただそれがしたかった。

舌を筋から雁首に移し、硬く先で舐めたかと思うと柔らかく全体で包む。

「…う…っ」

 男が小さく呻き、わたしは少しだけ嬉しくなった。

根元にしゃぶり付き、ゆっくりとじらすように上まで舐める。

先端までたどり着くと一度そこにキスをし、割れ目に沿って舌を動かす。

そして唐突に、わたしはそれを口に咥えた。

―――やっぱり、大きい…。

 口の中が男のもので一杯になる。

とてもじゃないが舌を自由に動かせるほどの隙間はなかった。

唇をすぼめて歯が当たらないように気を使い、吸い上げながら口から出し入れする。


そっと男を見てみると、男は意外と優しい目をしてわたしを見ていた。


「…もういい」

 しばらくして、まだ出してもいないのに男はそう言って奉仕を打ち切った。

「来い」

 男がわたしを抱き寄せた。初めてのときのように胸が高鳴る。

大きな手が背中からわたしの身体を触る。

その手はゆっくりと身体を這い上がっていく。

わたしの白い身体に男の黒い革手袋というコントラストに、頭がくらくらした。

 ついに男の手が乳房に触れる。

自分は人並み以上だとは思っていたが、男の手にすっぽりと隠されてしまう。

重力を楽しむかのように男がわたしの乳房を弄ぶ。

たわみ、形を変えるそれがまるで自分の物ではない何かのように思えた。

ついに男の指がわたしの胸の先端に到達した。

摘み、引っ張り、擦りあわす。

だが手袋越しということで今一歩快感に近づけない。

わたしはだんだんと焦れてきた。

「ねぇ…手袋を取ってもらってもいいかしら。あなたに素手で触られた方が絶対に気持ちいいわ」

 わたしがそう言うと男は軽蔑したような目で哂った。

「とんだ淫乱だな。おまえはこれが好きでこの仕事をしているのだろう?」

「…そうね、わたしは好きでしているわ。一夜限りの恋に溺れるのも悪くはないでしょう?」

 自分の身分がばれないように、わたしはそれらしい嘘をついた。

男は意地悪く哂うと、願いどおりに手袋を外してくれた。

 その手が再び胸に戻る。待ち焦がれた肌の感触!

同じように触られているはずなのに、先ほどとは比べ物にならないような快感!

男が乳首を擦り合わせるたび、甘い電流が身体を走る。

「あっ…ん、んぅ…」

 知らないうちにわたしは声を上げていた。

胸でこんなに感じたことなど無い。いったい今までの男と何が違うのだろう?

わたしは腰をくねらせ、男にキスをねだった。

だが男はわたしから顔を背けた。娼婦とはしたくないということだろうか?



「ねぇ…下も…。いいでしょ?」

 娼婦らしいしなを作り、男の手に自分の手を重ねた。溢れるほど濡れているのが自分でもわかる。

早くその太い指で触ってもらいたくて、うずうずしていた。

わたしは男をベッドに押し倒すと、彼の上にまたがった。

男は鼻で哂い、何の躊躇もなしにわたしの中に指を入れた。

「ああああっ!」

 欲しくて堪らなかったそこへの刺激に、わたしは思わず声を上げた。

最初は一本だった指はすぐに二本になり、わたしの中を縦横無尽にかき回す。

「はっ…あ、あ、ああっ…」

 男は指を曲げ、わたしの膣の上部を擦る。

あまりの快感に自分の身体を支えることができず、わたしは男の胸に突っ伏した。

もう限界が近かった。そして男はついに、わたしの一番敏感な部分に触れた。

「あはぁぁぁぁっ…!」

 最期の一押しは実に簡単だった。男の指がそこをほんの少し擦っただけで、わたしは達してしまった。

男はそれでも指を止めず、淫核を苛めながら尚も私を責め続けた。

「あっ……も、ぅ…ああっ!」

 一度達せられた身体は男の指に抗う術もなく、ただ快感に翻弄されるだけだった。


自分の蜜がどんどんあふれ出し、太ももを伝う。

耳を覆いたくなるようないやらしい水音に、自分でも興奮しているのがわかる。

男はわたしの反応を楽しんでいるとしか思えなかった。


「入れたいか?」

 意地悪そうな笑みを浮かべ、男がわたしに尋ねた。

わたしは夢中で頷くしかなかった。頭にもやがかかって難しいことなど考えられそうもない。

男はわたしをじらすようにゆっくりとそれを取り出して、言った。

「それならば自分で入れるがいい」

 なんて事を言うのだろう!これまでわたしにそんな屈辱的な命令をする男はいなかった。

だが羞恥と欲求を天秤にかけても、欲求が勝っているのは火を見るよりも明らかだった。

もう恥じらいだのなんだのと言っていられる気分ではなかった。

 男のものを自分の入り口に宛がう。

快感で力の入らない腰をやっとのことで支え、わたしはそれを自分の中に受け入れた。

「ああああああっ!」

 指よりも何よりも一番欲しかったものがわたしの中に入ってくる。

想像していたよりもずっと逞しいものに貫かれ、わたしはそれだけで達してしまいそうだった。

「入れるだけでいいのか?」

 男がまた意地悪な問いかけをわたしにする。

わたしはその声に操られるように、自分の腰を動かした。

「ん……んっ、あぁ…」

 粘膜を擦られる快感がものすごい渦となってわたしを襲う。

あまりの快感に涙目になりながら、わたしは男のシャツを掴んで腰を動かし続けた。


見ず知らずの男に…それも仮面で顔を隠した得体の知れない男に抱かれる自分。

相手は着衣のままなのに自分は全裸。

男が投げかける屈辱的な言葉。

そのどれもが快感を高ぶらせるスパイスに過ぎなかった。

自分が上になったことなど一度もなかった。

わたしは生まれて初めて、男の上で達した。


 気がつくといつの間にかわたしは男の下になっていた。

男はわたしを後ろから犯すつもりらしく、腰を支えて己のものを宛がっていた。

再びそれがわたしの中に入ってくる。

自分でするときよりもずっとすごい快感がわたしを支配する。

「あっ、あーっ…は、ぁ…ぁ……」

 男が腰を動かすたびに甘い痺れが体中を駆け巡る。

わたしはすぐに、また達してしまった。

「ね…名前で…ガブリエラって、呼んで、ぇ…」

 男の甘い声でわたしの名前を呼ばれたらどんなに心地よいことだろう。

わたしは息も絶え絶えになりながら、それだけを言った。

だが、男はわたしの甘い夢を打ち壊した。

「ふん…娼婦の名前などどうでもいい」

 心底どうでもいいのだろう。

男はいやに冷たくそれだけ言うと、何も言わさないとでもいうかのように激しく腰を打ちつけ始めた。

「あ、あ、あーっ!…壊れ、ちゃ……」

 内臓に直接響くような快感が走る。

「そろそろ…だな…」

 中で男のものが硬さを増してゆく。

「お願…中には、出さないで…」

 それだけは避けたかった。万が一のことがあったらわたしは身の破滅だ。

「いいだろう…」

 男の動きが激しくなる。わたしの限界も近かった。

「あっ、あ、あ、あ…ああああああああっ!」

 白く遠ざかってゆく意識の中で、男がわたしの願いどおりに尻に欲望を吐き出した

ことだけは覚えている。


 どのくらい気を失っていたのだろう。

わたしが気づいたときには尻に出されたはずの精は綺麗に拭い去られ

身体にはわたしのショールがかけられていた。

 わたしは妙に気恥ずかしくなって、男の方を見ずに服を着た。

「ねぇ…また逢ってくださる?」

 後ろを向いていた男の背中に手をかけ、ゆっくりとしなだれかかる。

「いいだろう…お前がまたあの暗がりで私を見つけることができたなら、の話だが」


 それは拒絶には十分な言葉だった。

そして男は意外な事を口にした。

「まぁ、貴族のお嬢様があんな場所をうろついて、どんな目に遇っても知らんがね」


 わたしは心底驚いた。

「何で、それを…」

 男は見下したように私を哂った。

「簡単なことだ。お前のコルセットは肌触りから言っても随分な高級品。

あんな品を身につけることができる娼婦は、暗がりで客引きなどしないという事だ」


 ああ、わたしのことは最初から全部お見通しだったのか…。

しかもそれが判っていて私を娼婦扱いしたのだろう。

この男は何処までわたしのことを馬鹿にすれば気が済むのだろう。

だが、今の私にはそんなことを怒る気力も残っていなかった。

「さあ、パーティはお開きだ。また目隠しをつけてもらおうか」

 男はそう言ってわたしに目隠しを渡した。

 何も見えないわたしの手を握る男の手は、行きよりも優しいもののように思えた。


「ここまで来ればもういいだろう」

 行きのように随分と歩かされ、わたしは街のどこかに連れて行かれた。

あの階段は二度と昇りたくない。

もう男とは会えないのかと思うと、わたしは今まで感じたことのないような妙な気分になるのだった。

「ああ、支払いがまだだったな」

「お金なんて要らないわ…」

 わたしは泣きそうになって、それを言うのがやっとだった。

「そうか。ならば30数を数えるまで目隠しを取るな。取ったらそのときは…解っているな?」

 男の言うことが脅しではないことは声でわかった。

わたしは無言で頷いた。

「おやすみ、ガブリエラ」

 男はそれだけ言うとわたしの手を離した。

耳を済ませてみたが、男がどの方向に向かったのかも判らなかった。

30数を数えても、わたしは目隠しをとることができなかった。

やっと目隠しを取ったとき、わたしは夢が覚めてしまったのだと悟った。

結婚前のわずかな時間に見ることができた激しい夢。

あんな夢を見せてくれる男にこの先出会うことは無いだろう。

最初男に出会ったその場所で、わたしは静かに泣いた。




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