317 :名無しさん@ピンキー:2005/10/17(月) 01:19:47 ID:Z83upOps

意外に思われるかも知れないが、ファントムはおまじないとかを結構信じる方である。


「マスター、この小瓶にね、欲しいものを3回唱えるとそれが手に入るのよ」

歌のレッスンの休憩中、クリスティーヌが小さな小瓶を持ち出し、楽しい秘密を打ち明けるような笑顔を見せる。

今日の昼、行商人の老婆がオペラ座に立ち寄り、女の子たちを相手に恋が必ず実る小石だの、願いの叶う小瓶だのを売りつけて行ったのだ。

この少女には、もとから夢見がちな所があって、実際それにつけこみ師弟関係を結んだファントムだったが、その言葉にしぶい顔をする。

「下らない。それよりクリスティーヌ、今日のレッスンは集中力が足りないぞ」

「…ごめんなさい」

厳しい言葉に、みるみると萎れてしまう彼女に少しの罪悪感を覚えながらも、ファントムは続ける。

「休憩はここまでだ。こんなものに気をとられている暇があったら、もっと歌に情熱を注げ。これは預かっておく!」

「あ…」

素早い仕草で、手の中の小瓶を取り上げられたクリスティーヌは、諦めたように眼を伏せた。

「わかりました…ごめんなさい。マスター」

更に襲う罪悪感に息を苦しくさせながらも、その夜もファントムはクリスティーヌへの歌のレッスンを続けた。


「クリスティーヌ、探したのよ」

レッスンが終わり、礼拝所から出てきたクリスティーヌにメグがぱたぱたと駆け寄って来る。

メグの手にも、先ほどのクリスティーヌが持っていたのと同じ小瓶が握られていた。

「どうしたの?メグ」

「ね、クリスティーヌ、もうお願い事はした?私はもう済ませたわよ」

クリスティーヌは困った顔をする。

「…してないの」

「まだ考え中?」

さらに、困った顔になる。

…だっておばあさんが言ったんだもの。

彼女は心の中で呟いた。

―お嬢さんお嬢さん。これはあんたが使わずに、あんたが一番大切と思う人におやり。そうしたら結果的に、あんたの望みも叶うんだよ…

本当のところ、彼女にはその老婆の言った意味は、よくわからなかったのだが。

あんな風にではなく、きちんとあげる、と伝えたかったのだが。

でも、あれで良かったんだわ。きっと。

そう結論が出ると、クリスティーヌはにっこりと笑顔になる。

「あげちゃったの」

誰に?!と驚くメグにクリスティーヌは内緒、と再び楽しそうに笑った。


地下の自分の棲家に戻り、ファントムはオルガンの椅子に腰掛けながら、取り上げた小瓶を手の中で弄んでいた。

あの時の少女のがっかりした表情を思い出す。

彼女はこの小瓶に何を願うつもりだったのか。

どうせ手に入らない娘。

いつか、片翼に相応しい男を選ぶ日が来るのだろう。

そう思いながら、ファントムは小瓶に愛しい者の名を小さく三度呟いた。

それは、自身でさえはっきりと自覚できなかった心の奥底にあった望み。

それを初めて口にした瞬間だった。


時は流れ、今、美しい娘が彼の隣でやすらかな表情で眠っている。

そんなこんなで、ファントムが似合わないおまじないの類を結構信じる方になったのは、全く無理からぬことなのだった。




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