420 :名無しさん@ピンキー:2005/10/27(木) 23:28:25 ID:EVd2ZzLs




 過去に一度だけ、わたしはこのオペラ座で不思議な体験をしたことがある。

あれはまだわたしがコーラスガールの一人でしかなかったとても昔の話。

いつものように先輩に苛められ、プリマドンナには八つ当たりされ、練習も辛くて毎日が苦しかった。

大部屋でみんなが寝静まった後、気づかれないように泣いているわたしの耳に誰かの歌が聞こえてきた。

少年のように高く、それでいて年季を経た歌手のように素晴らしい歌声。

それでいて甘く、切なく、わたしの胸に響く。

わたしはそっとベッドを抜け出してその声の主を探した。

でもその声はまるで壁の向こう側から聞こえてくるかのように、居場所がわからなかった。

「天使のようだわ…」

 わたしの呟きが聞こえでもしたかのように、その歌声はだんだんと遠ざかっていった。

そのことがあってから、大抵の辛い出来事は乗り切れるようになった。

どんなに辛くてもあの時の歌声を思い出すだけで元気になれた。

最も、その歌声を聴くことは二度となかった。


 あれからどれだけ経っただろう。

わたしはこのオペラ座のプリマドンナの座を勝ち取ることができた。

あの歌声がなければここまで来ることはできなかっただろう。

その澄んだ旋律をもう一度聴きたくて、同じオペラ座の第一テノールが今のわたしの恋人だ。

彼の声も素晴らしいが、あの時聞いたような感動を覚えるほどではない。

最近『オペラ座の怪人』のせいでわたしの代役を勤めた小娘が言っていた『音楽の天使』。

他のコーラスガールは誰も信じていないが、わたしには少しだけ解る。

きっとわたしが聞いたあの歌声の主が『音楽の天使』なのだから。




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