そんなこんなで、『オペラ座』の新刊『メグとクリスの教えてABC』5000部は、約2時間で完売した。

その後、商業雑誌の担当者からの差し入れ、原稿依頼等の話を受け、昼時にオペラ座の二人は敵地へと乗り込んでいった。

そう、『ドン★ファン』へと。


「支配人のお二人、あなた方がいるべき場所はここではないね」


スペース前に立ったアンドレとフィルマンに仮面…もとい、パンツの男が声をかけた。


「だが光栄だよ。私の音楽の天使を蹂躙しているお二人に直接会えるとはね」

「あんたに言われたくないし」

「っていうかお前その音楽の天使輪切りにしてんじゃん」


なかなか的確な突っ込みだったが、ファントムは怯まなかった。


「私は彼女の内臓まで愛してる」

「うわっ!こいつカニバリズム!?」

「いやまさか、スカトロ趣味か!」

「私は生憎黄金水には興味が無い。クリスティーヌのなら大歓迎だがね」

「興味あるんじゃないか!変態仮面!!」

「まぁ、歓迎するよお二方。とりあえず私の新刊、『笛は歌う』を贈呈するよ。受け取って下さい」

「何で微妙に丁寧語なんだ!」

「あ、ありがとうございます。これうちの新刊なんですけどー…」

「アンドレ!!!!」


腰を45度に曲げて手を摺り合わせる相方を一発殴り、フィルマンはファントムに向き直った。


「今後一切、そのようなオナニー本を出すのは止めて頂きたいのだがね。ミスター・ファントム。我々の2万フランでそんなことをして頂きたくない」

「オナニー…もう少し美しく優雅な言葉にかえて頂きたいものですな」

「悪いが貴方の芸術センスにはついていけなくてね」

「今回の新刊も表紙の色合いがいいですね」

「アンドレ!お前はどっちの味方なんだ?」

「っていうかどっちが突っ込みでボケなのかハッキリして頂きたいのだが」

「それは私も疑問に思っていた」

「私もだ」

「「「・・・」」」

沈黙する三人の元に、ボロボロになったラウルがやって来た。


「魔物だ…魔物が棲んで…」


絶望の淵を覗いた瞳だった。


「これは…シャニュイ子爵、お初にお目にかかりますな」

「オージー!」

「私はお前の叔父ではない」

「オペラ・ゴーストって言いたかったんだ!」

「それより、君はクリスティーヌに求婚しているようだね?愚かな青二才」

「お前は…彼女の何なんだ!こんな下劣な同人誌を作って…!彼女の苦しむ姿を描いて楽しいのか!?」

「もう後戻りは出来ないのだよ」


不敵な笑みを浮かべるパンツの男を、ラウルは心底嫌な物を見る目つきで睨み付けた。


「そう、紳士の皮を被った君だって、自分達の作った百合本をオカズにしているじゃないか」

「ち…ちが…!」

「知っているよ、君がその本をオカズに何をしていることは」

「な…」

「この世界は混沌とした欲望渦巻く世界だ。皆、欲望の捌け口を探してオペラ座を彷徨っている。見たまえ、彼らを。彼らは放浪者なのだよ」


スワロフスキー製のシャンデリアを見上げ、ファントムは両手を大きく広げた。

「見ろ!世界は萌えに包まれ、こんなにも輝いている…!」


眩い光の粒が、同人誌の表紙に当たり、輝いた。磨きぬかれた床に落ちる影は、深い悲しみの色を帯びている。

そう、彼らが世間から受け入れられない存在であるかを知っているのだ。

いつもそうだ。何か事件がおきれば、皆オタクのせいにされる。

二次元の世界は常に否定され続けてきた。


「私はこの世界を変えてみせるよ…世界中全ての人間は、萌えの天使に祝福される。この私の力で!」

「こいつ…狂ってる…」

「あ!警備員さん!この人ですこの人!!クリスのパンツを盗んだのは!!」


突然その場に似合わない、美しい声が響いた。


「メグ・ジリー…何故ここに?」

「ほら、見てよあの人の被ってるパンツ!リボンの下に『クリスティーヌ』って書いてあるでしょ?」

「え…あ」
「クリスってばすぐ無くしちゃうのよ!だから私が名前を書いてあげているの!やっと犯人が分かったわ!」

「…!」

「犯人はお前だ!!」


ズボンを履き、颯爽と登場したメグに、その場の4人は固まった。

そして、ファントムは己の顔を隠すパンツに手をやった。


「まさか…名前が…」

「連続下着泥棒だな、ちょっと署まで来ていただきたいのですが」


数人の警官がファントムを取り囲んだ。


「行け!すぐにここから行け!私に構うな!私を一人置いて行け!!」


何やら意味不明なことを叫ぶファントムを、オペラ座の三人は見送った。

その後、ファントムの姿と『ドン★ファン』を見た者はいない。

哀れな男の、盲目的な愛の結果だった。しかし男は悔いてはいないだろう。

彼の愛は、確かに同人誌の中のみではあったが、この世に存在したのだから。

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