742 ::2005/11/17(木) 01:25:28 ID:LVIbGldx



ついに私は愛しいクリスティーヌを連れ出すことに成功した。

私は彼女の師であり友であり父なのだからクリスティーヌは私の家を喜んでくれるに違いない。

天然の反響室とも言える石造りの廊下を通るときにも男の腕のような燭台は彼女の目を引いたようだ。

もちろん私が精魂込めて作った代物で、人間っぽい動きをするのが自慢だ。

ぬかるんで苔の生えそうな廊下に、私とクリスティーヌの足音だけが響く。

初めて愛しい女性とのランデブーをする喜びが私の胸の内に溢れている。

私の家に連れて帰ったらまずあの人形を見せよう!

クリスティーヌそっくりで何より女の子の夢ともいえるお嫁さん仕様!

もちろん私が一針一針心を込めて縫った物。

友人のメグと比べてあまり胸の発達がよくない彼女のことを考えてパットも入れておいた。

これをクリスティーヌに見せたらきっと感激してこう言うに違いない!

「マスター…そこまでわたしの事を…。うれしい、奥さんにして!」


うわーーーー!


いけないいけない、危うく足を滑らせて螺旋階段をさかさまに独りで下りるところだった。

ああ、家に着いたら何をしようか。

一緒に歌を歌って、クリスティーヌの絵を見せて…。

あの出来を見せたら、彼女の方からモデルを言い出してくれるのではないだろうか?


「マスター、目の前で描いて見せて…?それなら、ちょっとぐらい恥ずかしい恰好でも…」


うわーーーー!


いけないいけない、危うくマントに松明の炎が燃え移るところだった。

リハーサルの時は3度ほど燃え移ってしまい大変な思いをしたものだ。




ここからは平坦な道のりが続くからクリスティーヌが疲れないよう馬を用意しておいた。

随分な暴れ馬であったがゲネプロ(自分+馬)では何とか思い通りに動いてくれた。


ちゃんとクリスティーヌを振り落とさずに進んでくれよ?

あ、クリスティーヌのふとももがちょっと見えた。

今宵幸運の女神は確実に私に味方している!

クリスティーヌを乗せ、手綱を取り馬を先導する。


ずびっ


ずび?クリスティーヌ、風邪でもひいていたのか?

随分と大きい鼻水の音が…

「マスター、お馬さんでも風邪をひくのね」

クリスティーヌの無邪気な声が聞こえる。

ああ、馬の鼻水だったのか。

そうだな、美しいお前はきっとトイレにも行かないのだから鼻水なぞ出すわけも無い。

「でもマスターの背中につけちゃったけど…いいのかしら?」

なんだって!?

クリスティーヌを振り返るふりをしてさりげなく見てみれば

私のマントに大きくねっちょりとした馬の鼻水が…

馬め、呪われろ!災いあれ!!

…後で洗濯しよう。そろそろセーヌの水も冷たくなってくるな。

家に帰ったらまず浸け置きしておかねば。…これ、綺麗に落ちるかな。




「マスターは動物とも仲良しなのね」

湖の手前でクリスティーヌを下ろすと、彼女がそう言った。

もう馬に用は無い。

だがここで動物好きをアピールしておいて損は無いに違いない。

「そうだ。こう毛づくろいをしてやると馬は喜ぶのだよ」

懐から取り出した馬用ブラシでその身体を撫ぜてやる。

先ほどの鼻水のお礼に少々力強く。

「本当ね。マスターにじゃれ付いているわ」

その声に気づき馬を見てみると、なんとマントが喰われているではないか!

やめろ!涎をつけるな!草じゃないんだから食むな!

だがここで馬を叱りつけては彼女にドン引きされるに違いない。

私は涙を飲んでその屈辱に耐えた。…もうマントは処分するしかないな…。

もう、早くクリスティーヌを家へと連れて帰ろう。

この後の幻想的な蝋燭イリュージョンにはきっと感動してくれるに違いない。

あの演出は構想から実現まで3ヶ月を要した私の大作なのだから。

「さあ、ボートに乗ろう」

私はげんなりしながら馬を触っている彼女を促した。

だが、そのとき私は生暖かい風が首筋に当たるのを感じた。

「あら、お馬さんが毛づくろいのお礼をしたがっているのね」

え?何だって?

気づいたときにはもう遅く、馬の口が私のウィッグを捉えていた。

そのゴルゴ並みの的確さに、私はなす術も無くウィッグを毟り取られた。

「えっ、ちょっと待って…」

咄嗟に振り返ってみるとクリスティーヌがさっきよりもぽかんと口を開けて私を見ている。

違う、違うんだ、これは事故なんだ!

「あの、えーと…」

毟り取られた衝撃で仮面も剥がれ、素顔のまま間抜けな声を出す。

ゆっくりとクリスティーヌの口が動き…。

「音楽の天使…私はあなたに騙されていたのね?…信じていたのに!」


私はクリスティーヌの冷たい視線を浴びながら

お肌に悪いからと接着剤の使用をしなかった自分を心から呪った。



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