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ファントム×マダム(10年前バージョン)
:2005/06/02(木) 02:06:26 ID:lPg5SKYt
薄暗い小さな部屋の中、机の上で手を組み祈るように頭を項垂れていたその女性は、ふと傍の蝋燭の炎が揺れるのを感じて
写真の前から顔を上げた。
美貌とは言い切れない、どちらかと言えば平凡な顔立ちに、年に似合わぬ威厳と落ち着きが独特の美しさを与えている。
ひやりとした空気の流れを目で追えば、きちんと閉めたはずの扉が薄く開き、暗い廊下から冷たい風が吹き込んでいた。
黒いドレスの裾を持ち上げてドアを締めようと立ち上がりかけ、そのとき彼女はふと気付いたように動きを止めた。
「…そこに、いるのでしょう。…エリック。」
暫くの間があった後、柔らかく低い笑い声がくつくつと響く。
「…久しぶりだね、アンヌ。いや、マダム・ジリーとお呼びするべきかな?ようこそお戻り、…このオペラ座へ。」
魅惑的な声音を耳にして、逡巡と躊躇、懐かしさと畏れが彼女の表情をめまぐるしく過ぎる。
一瞬身を引きかけた後、彼女は意を決したようにゆっくりと扉に近付いて引き開け、廊下にわだかまる闇の中にそれを見いだした。
暗がりに溶け込むように立つ若い男、その半面を覆う白い仮面だけが部屋からの明かりの照り返しに白く浮かび上がっている。
「…どうぞ、お入りなさい。私の復帰を歓迎しに来てくれたのかしら。…もっとも、もう踊る事はないでしょうけれど。」
小さな身振りで招き入れると、彼は自分の部屋であるかのように勝手を知った様で腰を下ろした。
ぱさりと漆黒のマントをかき寄せ寛いだ様子で椅子の背に凭れると、懐かしげに女性を見つめる。
「変わらないだろう、この部屋も。君の思い出のために手を付けさせないでおいたのだよ。私の支配人達に命じてね。」
整った半面に皮肉げな笑みを浮かべて語る男──オペラ座の幽霊と呼ばれている──の口調に自慢げな色を聞きつけて
彼女は密かに溜息を吐いた。
彼女がいた頃と支配人は替わってしまったが、それでもこのオペラ座が謎の幽霊に散々悩まされているという話は、戻って早々
誰の口からも散々聞かされた。
ファントムの正体に心当たりがあるだけに、複雑な気分で聞いていたのだが。
「エリック、危ないわ。無茶は止めなさい。そのうち誰かに気付かれて、追い詰められる事になるのよ。」
かつては効果のあった姉のような口調でたしなめても、目の前の若い男は微動だにしない。
「くくくっ、私を追い詰める?私が居なければ掛けるオペラの善し悪しも分からぬ、あの無能な奴らが?」
極上のジョークでも聞かされたかのように笑い出した彼の様子を、アンヌはつくづくと眺める。
均整の取れた長身を隙なく黒い上下で包み、損なわれた半面をどこか不気味な仮面で隠した様は端正と言っても良い。
最後に知っていた少年と青年の狭間で揺れていた弟のような存在は姿を消し、代わりに同じように目の前に座っているのは
内に秘めた危うい衝動と際限ない力を感じさせる、謎の男だった。
忠告も聞かぬげに、彼女が己の元へ戻ってきたと信じる男は目をきらめかせ、嬉しげに続けた。
「君があんな男と去ったときには失望もしたものだがね。…君はきっと戻ってくると信じていたよ、君の芸術を忘れられずに。」
彼女の戻ってきた経緯を知ってか知らずか、無神経なその口調に、つい返す言葉がきつくなる。
「戻りたくて戻ってきたわけではないわ。あんな事故が無ければ、私はバレエの事など忘れ果てて…ずっと彼と幸せに
暮らしていたでしょう。」
机の上の、亡き夫の写真を見遣る。
大恋愛の末、当時のトッププリマだった彼女が祝福されてオペラ座を去ったのは、およそ7年前の事だった。
その時も、彼にはどうしても理解出来ないようだった。
これほど踊りという芸術の才能に恵まれた彼女が、たった1人の男のためにその全てを捨て去るということが。
理解出来ないだけでなく、許せないようだった。
彼にとってそれは、至上の価値を持つ「芸術」への、裏切り行為であり、冒涜であったのだ。
だからこそ、今になってそれを後悔していると思われるのは絶対に嫌だった。
「私がここに戻ってきたのは、他に生きる術がないから…ただそれだけよ。彼が私に与えてくれたものは、私が全てを捧げてきた
バレエより…ずっと素晴らしく、かけがえのないものだったわ。」
愛した夫との日々を思い返し、彼女の声音が夢見るように甘くなる。
それを聴く青緑色の双眸が少しずつ冷たい光を宿し始めるのに気付かずに、彼女は甘美な思い出を夢中で語り続けた。
恵まれた「芸術」でなくとも、たとえば好きな曲を愛する者と二人で聴く、そのささやかな喜びがいかに大きなものであるか。
この世に自分を全身全霊で必要としてくれる人が居てくれる、その幸福感を僅かでも伝えたくて。
「…たとえ彼が世を去っても、私は幸福だった。後悔はしていない。この7年のお陰で、私は死ぬまで孤独ではないでしょう。」
満足げにしめくくった彼女に、男は凍り付くような一瞥を放った。
「…それでその喪服かね?フン…奴が世を去って半年も経っても、まだ操立てしているというわけだ。」
危うい物を孕んだ声音にひやりとしつつも、勝ち気なアンヌは言わずにはいられなかった。
「エリック、いかに素晴らしい美を創り上げても…分かち合える人がいなくては、何もならないのよ。」
「…面白い事をいうね。では私もひとつ教えて上げようか。」
優しく聞こえるほどの口調で言いながらふいに目の前で立ち上がった長身に、その一言が致命的に余計だった事を遅まきながら悟る。
彼には決して、その相手が現れないかもしれないのだから。
「──口先でどんな綺麗事を言おうと、人の本性など腐りきっていると言う事を!」
怒鳴り声と共に鞭のように絡み付いた大きな手にギリギリと音を立てそうなほど強く両の手首を掴まれて、彼女は息を飲んだ。
そのままやすやすと頭上で纏め上げられた二本の手首を、捻るようにして背後のベッドへ突き倒される。
慌てて起きあがろうとして手首を押さえつける男の力の強さに再び竦む。
迂闊な自分を呪う。判っていたはずだった、小さな少年は既に居らず、危険な男を相手にしている事は。
「エリック、放しなさい!大声で叫ぶわよ。」
声が震えるのを辛うじて抑え、低い声で叱咤する。
「おや、マダム。判っているだろう?この部屋は使用人達の居住区とは、チャペルを挟んだ反対の脇にある。どんなに叫んでも誰にも
聞こえないよ。」
先ほどの一瞬の激昂が嘘だったように、憎らしいほど落ち着き払った口調と共に彼女の襟元から滑るように黒いスカーフが外され、
両の手首が鉄製のヘッドボードに縛められる。
膝と足で蹴り付けようとしたが、一足早く手首から手を放した男の腕でがっちりと押さえつけられた。
「おや、つれないね。君と私とはまんざら知らない仲でもないだろうに。」
ダンサーらしく美しくすらりと伸びた両の足から黒いストッキングを剥ぎ取りながら、双の手がねっとりと内腿を這い回る。
「くぅ…っ…」
細かい肌理を楽しむように膝の裏側から腿の付け根までを繊細に微妙なタッチで愛撫され、恥辱と肌から這い上って来る感触に
彼女は呻きを押し殺した。
夫の喪に服している今、他の男の手で感じたくはなかった。
だが容赦なく喪服の裾を捲り上げた手は、引き締まった尻肉を揉み始める。
「ああ、君は胸への愛撫の方が感じるのだったかな?失礼、胸がどうなっているか見てみようか。」
唇を噛みしめて荒くなりつつある息を漏らすまいと耐えている様を尻目に楽しげに告げると、男はドレスの胸元の紐に手を掛けた。
「だめっ…これ以上は嫌、あぅっ!」
胸を露わにされまいと身を捩った抵抗を、両脚の間にねじ込んだ膝で一瞬にして押さえ込み、手際よくコルセットを外してゆく。
複雑な幾本もの紐、重なり合った下着をやすやすと剥がされ、彼女は悔しさと愕きに唇を噛んだ。
締め付けたコルセットが外されると、こぶりだが形の良い膨らみが露わになる。
やや大きめの薔薇色の乳暈の頂では、既に乳首が硬く凝っていた。
「私に触って欲しがっているようだが、気のせいかな?」
嘲るような言葉を、きつく顔を背ける事で否定する。
気の強そうなその表情を愉しげに眺めると、彼はゆっくりと手袋に包まれたままの指先をその乳暈に沿って這わせた。
彼女が大きく息を吸い込む音がする。
柔らかな革が触れるか触れないかの状態でゆっくりと焦らすように周囲を辿ると、固くなっていた胸先がますます石のように縮こまる。
右胸が終わると左胸、そして右胸に戻る。
柔らかな双の膨らみはぶるぶると震え、縛められた手首の先で手が硬く握られる。
彼は急いては居なかった。
元々感じやすく奔放で、あの男が現れるまでは恋と情事を重ねていた彼女の事。
半年も放置されていた身体は触れれば落ちるばかりに飢えていたはずであり、また恋の合間の気晴らしの相手だった彼は誰よりも
その身体の事を知っているはずだった。──死んだ彼女の夫を除いて。
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