455 :ファントム×クリス(帰還後) :2005/08/10(水) 21:49:11 ID:L4qmuQCF

スウェーデンより2人で無事戻って来てから、もう半年近くが過ぎた。

クリスティーヌは、不在にしていた7ヶ月余りもの間待たせてしまったファンの為に

早速何本かの新作のリハーサルに勤しみ、そしてずっと舞台に立ち続けている。

もちろん新作とは、私との合作であり、彼女の父親が遺した作品のことである。

あまりに長期間舞台に立っていなかったので、ファンやオペラ座関係者の間では

     “もうダーエは歌えないのではないか”

というくだらない噂が立っていたようだが、

スウェーデンに滞在中も毎日レッスンを行っていたのでそのような心配は全くの無駄に終わった。


何しろ、スウェーデンに私も一緒に滞在していたという事実は、

おそらくマダム・ジリーしか知り得なかったことであろう。

そして今私は、旅立つ数日前にダーエ氏が遺した楽譜がまたいくつか見つかったので、

持ち帰って来たそれらの曲を書き起こす作業に没頭していた。

出来上がっていく順にマダムに手渡し、オペラ座はリハーサルに入っていくのである。

これらの作品の著作者人格権はすべてダーエ氏の唯一人の実子であるクリスティーヌに

権利の行使が認められるものであり、

私は彼女の利益とそしてダーエ氏の名誉と為る事ならば、どんな努力も厭わないものであった。

もちろん作曲補はまさか私「ファントム」によるものとは、支配人達は知るはずもない。

知られたくもなかった。



地下で仕事をする私のオルガンの上には、あいも変わらず薔薇を挿し、

そしてその横にはクリスティーヌの金の指輪と、海で拾った貝殻を飾り、

去年のクリスマスに彼女が私に贈ってくれた万年筆も並べて置いてある。

私はこの大切な万年筆は常時持ち歩き、

そしてクリスティーヌへの手紙、あるいは楽譜のタイトルを書く時しか使っていない。


オペラ座に戻ってからは私たちはお互いに大変多忙で、会える機会がほとんど作られなかったが、

それでも毎就寝前、チャペルでの石壁を通しての歌のレッスンは欠かさずに行っていた。

ここに音楽の天使のレッスンは10年前から何も変わらず続けられるようになったが、

今の私たちの関係は以前よりも深く魂が通い合い、

そして一層クリスティーヌの歌姫としてのキャリアは伸びていくものなのであった。


だが彼女の子供時代と違い、最近のレッスンは深夜になるか、または出来ない日も時に有り得た。

何故ならば、クリスティーヌはシャニュイ子爵と食事に外出する夜が度々あるからだ。

それは「オペラ座のパトロン」と「歌姫」の関係上、当劇場の経営上仕方の無い事だと

私は納得しているように見せかけ、平静を装った素振りを彼女に見せている。


子爵の実兄フィリップ伯爵も最近になってからよくオペラ座に出入りするようになった。

伯爵は、支配人にではなく、何故かマダム・ジリーによく用があるようなのだが、

さしずめ好みのコーラスガールでも見つけたのだろう。



時折、外出から戻ったクリスティーヌと子爵の様子を目にする。

「クリスティーヌ、愛しているよ」

子爵がクリスティーヌに優しく囁き、頬に口付けをする─

そんな時、私は激しい嫉妬と怒りや悲しみが体中に渦巻き、感情が抑えきれず我を忘れてしまいそうになる。

スウェーデンでは彼女と一緒に暮らしていたというのに

今の私は、この半年間ほとんど会う事は出来ず孤独な生活を強いられている。

それなのに子爵はまるで当然のように、

1日中彼女と楽屋で会話を交わしたり、食事に出かけたり…

私は憤りの余り物にあたったり、マダムにあたってしまったり、そしてクリスティーヌに

乱暴な言葉を言い放ってしまいそうになる─しかし、


クリスティーヌが自分の生家の、両親が自分自身を授かったであろう場所で、私に打ち明けてくれた想い─


あの言葉だけが今の私の唯一の生きる力となり、先ほどのような醜い感情を

かろうじて抑えてくれる枷となってくれる。

そんな私の歪んだ気持ちに、おそらく気づいてくれているのだろう、優しいクリスティーヌ…

どんなに帰りが遅くなっても、毎日必ず就寝前にチャペルに祈りに来る。

「お父様、音楽の天使様、ただ今戻りました。心配させてしまって申し訳ありません…」

その日あった事をすべて話してくれる。

そんな時、私は涙をこらえながら

「…早く、お休みをしなさい……」

涙声を悟られないように優しく彼女に語り掛ける。

そして今日も石壁の隙間から、薔薇を一輪手渡す。

クリスティーヌは毎日一輪ずつ増えていく薔薇達を、ベッドのサイドワゴンの上に

飾ってくれているとのことだった。



彼女に顔を見られていないことに幸いして私は密かに涙をこぼす。

同時に、まだ若い娘にこんなに気を遣わせてしまっている申し訳なさと、

自分の情けなさからくる涙でもあった。

涙がようやく乾き、地下の住処に戻る途中聞くともなしに聞こえてくる男女の罵り合う様子の声が耳に入る。

口元に皮肉な笑みを浮かべ、スウェーデンでのクリスティーヌとの

今となっては原因が何だったのかさえ解らない位くだらなかった

言い争いを思い出しながら、家路につく足を速めた。


そして今夜、クリスティーヌの都合がやっとついて、何週間ぶりかに2人で会える約束が叶う。

約束の時間よりやや早めに螺旋階段下に到着し、上がろうとすると上の方から

カンカンカン…

と女性の息切れが交じって駆け下りてくる足音が響く。


「マスター!」

私を見たクリスティーヌの顔は喜びに満ち溢れてくれていた。


「クリスティーヌ!」

「ああ、マスター、マスター…!!」

階段の最後2段をジャンプして私に飛びついて抱きついてくるクリスティーヌを驚きながら受け止める。




「危ないぞ、クリスティーヌ」

そう言いながら私は喜んで抱きついてくれるクリスティーヌが愛しくてたまらず力の限り抱きしめてやる。

半年前まで毎日嗅いでいた彼女の髪の香り、頬の柔らかさ、

懐かしく感じながら口付けを交わす。

「マスター、またそんな、メグや皆が噂にしている“オペラ座の怪人”のお姿をしているんですね…」

「ん、ああ…嫌か?」

「だってマスターじゃないみたいなんですもの」

「そうか。では、向こうに着いたらくつろがせてもらうよ」


ボートに乗っている間も私と一緒にいるのがとても嬉しい様子で、少しも落ち着きがなく、

私のマントをまるでカーテンのように体に巻きつけ中に隠れ、

ちょこっと顔を出し、悪戯っぽく私をニッコリと見上げるクリスティーヌをたまらなく可愛いく思う。

危険だから動かないように、と諭しても彼女の笑顔を見るとどうしても

口元がややほころび、それ以上は無粋なことは言えず櫂を操る手を速める。




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