554 :ファントム×クリス(ラウル編) :2005/08/27(土) 13:27:01 ID:+02/l8c9

私はその日の夕刻近く、やっと時間の都合のついたマダム・ジリーの部屋を訪ねていた。

ようやくすべて書きあがったダーエ氏の楽譜を渡す為と、どこかよい宝石店を存じないか尋ねる為に。

もちろんクリスティーヌと揃えの指輪を求める為で、

マダムは懇意にしている何件かの宝石店宛ての紹介状をしたためてくれた。

とにかく彼女は忙しい。

つい先程も誰か客が来ていたようだ。

「マダム?いつになく嬉しそうな顔をしてどうした?」


サイドテーブルの上にある、先程までここに居たと思われる客が飲み干したカップと、

私への紅茶を淹れたカップを入れ替えながらマダムはちらっと私を見、

「いえ別に。

  …そうですわね、ムッシューの喜びはわたくしの喜びでもあるとでも言っておきましょうか。」


「? そういえば、差し支えなければ聞かせていただきたいのだが。

  最近フィリップ伯爵がよく出入りしているようだが…もしかして先程もここに?」

「ええ、伯爵はダーエの事で…」


「!!何だって!?」

私は驚いて思わず立ち上がり、淹れたての熱い紅茶のカップをひっくり返しそうになった。


「ムッシュー、違います。ムッシューが心配しているような事ではありませんわ。

 フィリップ伯爵は何の用でいらしているかと申しますと…」




紅茶の最後の一口を飲み干して私はカップをテーブルに置いた。

「…そういうことか、なるほどな。

  ふん、まったく貴族というものは…

しかし、それは甚だ身分違いというものではないのか?侯爵家とはな。」


「御相手の方がどうしても、とのことらしいのです。幼馴染みだそうですわ。

 しかも伯爵は投資に失敗なさってしまいましてね、莫大な借金がおありだそうですの。

侯爵家から援助を受けなければ家の存続はもちろんのこと、

 オペラ座のパトロンで居続けることも出来なくなるでしょうから。」

「クリスティーヌはこの事は知っているのか?

 私は彼女とは、子爵の話はしないことにしているのだ。」

「おそらくまだ知らないでしょう。

 …近いうちに子爵御自身から話を聞くとは思うのですが。」

突如、扉を慌しくノックする音が聞こえる。

        『マダム・ジリー、よろしいですか…』


「少しお待ちくださいムッシュー、客人がもう1人来ているようですわ」

「どうぞマダム、私はこれでも読んでいる」

と、何気にそばにあった音楽誌を手に取る。

パラパラとページをめくると、新進気鋭のある1人の音楽家を特集した記事が目に留まり、

見入ってしまった。

何がそれに目を奪われたかというと、スウェーデン出身で、しかもクリスティーヌより

たった1つ年上の若い男性音楽家だったからだ。


『…シェーグレンは海外を多く訪れており、特にフランスの影響を強く受けている。

また、5つのヴァイオリン・ソナタも彼の代表作で、特に第1番はスウェーデンでは

名作として知られている…』


「クリスティーヌの父親も生きていればこの若者に負けずとも劣らないくらい、

素晴らしい活躍を見せていたのだろうな…」


廊下で先ほどの客人との話を終えたマダムが部屋の中に戻り、何やら小忙しく支度をしながら、

「さっきわたくしもその記事を読みましたわ。

ダーエの父親がちょうど亡くなった頃からスウェーデンは

 国の音楽の開花に力を入れるようになりましたのに、

 本当に惜しい方を亡くしましたわね…」

「ん、所用か?すまんな、忙しいところ」

「ええ、少しアクシデントがありましてね。大した事ではありません。

 では、ムッシュー、気をつけて行ってらしてくださいな」

「有難う、マダム」

そして私はマダムの紹介の宝石店を訪ねる為に馬車で市内へ出た。




パリ・オペラ座の1日が終わり、舞台や観客席、楽屋などすべての灯りが消されたはずだったが、

ただひとつだけ灯りがついている場所があった─

地下のチャペルでは、この劇場の歌姫クリスティーヌ・ダーエが、10年前にこの劇場に来てから

ほぼ毎日欠かさず父親の魂に祈りを捧げる為、

蝋燭に火を灯し、静かに膝を折っていた。


ふいに階段上から足音が聞こえ振り向くと、扉の入り口には彼女の幼馴染み、

ラウル・ド・シャニュイ子爵が立っていた。

「まあラウル?どうしたの、こんな時間に」

「こんな時間って言うのは僕の方だよ、まだ休んでいなかったのかい。

宿舎に行ってもいないって聞いたから、きっとここだと思ったんだよ」

「ええ、もうそろそろ部屋に戻って休もうと考えていたところなの」


「物騒な事件が起きたから1人でいるのは危ないよ。外出禁止令が出ているじゃないか。

 早く宿舎に戻るといい、送っていくから」

「でもあれは事故だったとマダムから聞いたわ」




この日オペラ座では、大道具主任のジョセフ・ブケーが、

倉庫で遺体となって発見される事件があったばかりだった。

警察が今だ捜査中で、まだ事故か他殺か確定せず、真相は現在謎に包まれたままであった。


「本当に大丈夫よ、ラウル。心配しないで」

「そうはいかないよ、今日はすぐに戻らないと。送るよ」

ラウルはクリスティーヌの左手を取り、短い階段を上がろうとした。

が、ふいに彼女の薬指にはまっている金の指輪が彼の目にとまる。


「見た事ないね、その金の指輪」

「えっ、ええ…」

「誰からの贈り物なんだい?左手の薬指にはめるなんて…」

「………」

「誰からの贈り物なんだい、クリスティーヌ?」

つい先ほどまで、穏やかな優しい笑顔をクリスティーヌに見せていた青年の表情がやや冷たく変貌する。


「…昨夜だって、一体どこに行ってたんだ?

   大事な話があったんだ。探していたのに。

 一体どこで誰と一緒にいたんだ?」

「ラ、ラウル…どうしたの、なんだか怖いわ…」


「あれは誰なんだ?」




「見たんだよ、クリスティーヌ…」

ラウルは彼女の両手を握りながら、脅える彼女の瞳を射抜くように顔を近づける。


「今の君は、新しい歌姫として大事な時期を過ごしていることはわかっている。

 …こんな事まだ言うつもりはなかった。

でもいつか、きっと、待っていれば僕たちは子供の頃のような恋人同士になれると信じてきたんだ。

 けれど、もう…もう、待てないよ。」


「もう僕は待てないんだ。

 …どれほど僕が、君の事が小さい頃から好きだったかわかるかい、クリスティーヌ?」

ラウルはクリスティーヌの両手首を乱暴に握り、無理に唇を寄せようとする。


「や、やめてラウル!やめてっ!」彼女は顔を背ける。

「やめて?どうして?僕が嫌いなのかい?」


彼女の手首を握ったままチャペルの奥へ、押し歩きながら連れて行く。

手首を勢いよく放したはずみで彼女はバランスを崩し、その場に倒れ込む。

ラウルは膝を折って、ゆっくりクリスティーヌににじり寄る。


「君は…、君は一体誰を愛しているんだ?」




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