682 :踊り子 :2005/11/13(日) 17:51:49 ID:yDFXZ4b2



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かつてのわたしは踊ることが至上の幸せだった。

踊ってさえいれば、他のことはどうでも良かった。

あの人に出会う前までは。


初めて彼がわたしの前に現れた時、既にわたしのことはよく知っているようだった。

しかしわたしは、あの人の名前も、素顔すら知らない。


あの頃わたしは、伸び悩んでいた。

技術や体力には自信があったが、教官には表現力が足りないと言われた。

わたしに何が足りないというのだろうか?

周りの踊り子たちと次第に広がっていく距離を感じ、焦っていた。

そうして監督のマダム・ジリーがわたしをもの言いたげな目で見る度に

今度こそ辞めさせられるのだろうかと身が竦んだ。


そんなある日、わたしの前に仮面を付けたあの人が現れた。

驚きに立ちすくむわたしを、彼は緑がかった灰色の目で見据えた。

「お前に足りないものを教えよう…」

その声に奇妙に抗えず、素直に彼の後をついて行った。



男は鍵が掛かっているはずの場所も自由に通り抜けできるようだった。

誰も居ない練習場で、わたし達は月光を頼りにレッスンを始めた。

彼に言われるままに鏡に向かってさまざまなポーズを取る。

やがて後ろからそっと抱き込まれるように手や足を撫ぜ上げられる。

「女性の身体に備わる滑らかな曲線、たおやかな肉…これは男にはないものだ。

これはお前の強力な武器だ、良く知り最大限に活かさなければならない」

そう囁かれながら、いつしか全身を愛撫されていた。


いつしか足から力の抜けたわたしの身体は男の左腕にしっかり抱きとめられ、

もう片手はわたしの乳首を執拗に攻め、わたしは言葉も出ずにただ喘いでいた。

目前の鏡には、悶えるわたしの白い身体と、その上を這い回る男の浅黒い手が映し出される。

恥ずかしさと恐ろしさとに目をつぶるわたしに彼は厳しく言った。

「目を開いて、自分の姿をしかと見るのだ」

わたしは欲望に踊らされ驚くほど艶々しく身を捩る自分を脳裏に焼き付けた。

「そう…これがお前だ。覚えておきなさい。このゆるぎない真実の姿は誰の心をも捉えるだろう」

「ああ…」


男が乳房を弄るのを止めたとき、わたしはすっかり息も絶え絶えだった。

止める暇もなく男の手が恥ずかしいところに伸びたかと思うと、驚いたように囁かれた。

「こんなに濡らして…お前は感じやすいのだな…」

「ああ…これがわたしに足りなかったものだというの?」

屈辱感に涙を浮かべながら訴えると、彼は初めて笑みを浮かべた。

「おまえはいい生徒のようだな…もう少し教えてやろう」



男はわたしの両手をバーに掴まらせ、開いた両手でわたしの腰をぐるりと撫ぜた。

そして、そっと片手を湿った裂け目に滑らせ、軽く擦った。

それだけで先程とは桁違いの快感が襲い、わたしは両手でバーを握り締め必死に耐えた。

腰を捩じらせ逃げようとしても、背後に男の身体がぴったり付いて動きを止められてしまう。

男の滑らかな衣服がわたしの肌を擦り、その下のがっしりとした筋肉が感じられる。


わたしの全身はたちまち火照り、下半身にどんどん熱が集まる。

そうして今までになく熱く蕩けているわたしの中に、男の指が入ってきた。

「やっ…やめて下さい!」

「大丈夫…じっとしていなさい」

耳元で囁かれ、わたしはただ熱い吐息を吐き出すしかできなかった。


「オペラ座で踊りたいなら、それに相応しい存在であれ!」

わたしの腰を掻き回しながら、彼はわたしの耳に熱っぽく囁いた。

「甘い気持ちで観に来る凡人どもをひれ伏させ、女神と崇めさせるのだ!」

「全てあなたの仰せの通りに・・・ああ・・・!」

そうして、わたしは初めての絶頂をむかえた。


気が付いたとき、わたしは男のマントに包まれ、男の膝に抱かれていた。

静かにわたしを見守る彼に向かって、ようやく最初からの疑問を口にした。

「あなたは誰…?」

「私は…このオペラ座に棲む生き物だ」

そう答えたときの彼の目の暗さに思わず言葉を失うわたしに、首を振って言葉を続けた。

「私のことは、忘れなさい。お前が覚えておかなければならないことは他にある」

優しくわたしを立ち上がらせ、後ろからマントに包まれるようにして一緒に歩み始める。



「浮世の快楽に溺れてはならない。一瞬でも心奪われたら、それが堕落の始まりだ。

お前はただ、この美の殿堂に向かって、お前の踊りを捧げることのみ考えなさい。

そうすれば美の神はお前に祝福を与え、お前は芸術の階梯を上り詰めるだろう。

では、幸運を」

そして彼が言葉を切り、わたしの頭にそっと祝福のキスをくれたとき

わたし達はいつのまにか寄宿舎に戻る戸口に立っていた。

彼が開けてくれた扉をくぐり、そのまま振り返らずに歩み続けた。

後ろで扉が閉まる音がしたとき、駆け戻りたいという強い衝動に駆られたが

決してそうしてはならないという気がして、静かに自分のベッドに戻った。


そうして翌朝目覚めた時、少し泣いた。


あれから数年後、わたしは今もオペラ座で踊っている。

崇拝者たちから投げ掛けられる熱い視線と賛辞とをなぎ払うように進む日常。

あの夜の教えは決して忘れず、わたしはこの芸術の聖堂の天高くに祈りを捧げるように踊る。

ここに棲むというあの人がどこかで見ていてくれることを感じながら。



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